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皮膚病になって知った、合成洗剤と石鹸の違い

前に、このブログの「皮膚は偉大なり!」という記事の中で、「以前は肌が弱く、手指がひどく荒れて困ったが、今は大丈夫になった」という話を書いたことがあります。



それは、自分では、「たぶん一生ちゃんとは治らないんだろうな」と思っていたものなので、今、何事もなかったかのようにツルツルの手指を見ていると、とても不思議な気がします。

一種の奇跡みたいにも感じます。



それが治った原因というのは、自分としては、非常にスピリチュアルなところにあったのではないかと考えていますが、ここで書きたいのは、そのことではありません。

むしろ、当時、日常生活の中でいろいろと気をつけたりした点があり、その結果、症状が軽くなった経験があるので、それについて書きたいと思います。



肌が弱くて、荒れたり、湿疹になったりして悩んでいる人は多いと思いますが、私も経験者なので、皮膚病の辛さはよく分かります。

そうした方に、少しでも参考になればと思います。

もちろん、もしかしたら常識的なことばかりかもしれないので、「釈迦に説法」になってしまうおそれはありますが、「私の経験ではこうでした」という一例として読んで頂ければ幸いです。





え~と、そもそも、私は子供の頃から肌が弱くて、当時は「アトピー」という言葉はまだ流行っていなかったのですが、もしかしたらアトピーだったのかもしれません。

小学生の時、毎日のように皮膚科のお医者さんに通っていましたが、単に「湿疹」ということで、塗り薬中心の治療でした。



それは、面倒くさいし、あまり楽しい経験ではありませんでしたが、まあ、そのおかげで、自分では買わない少年マンガをたくさん読むことができました。

というのも、その医院の待合室には、少女マンガが一切なかったので、ほかに選択肢はなかったのです。

記憶に残るものとしては、「三つ目が通る」とか、「ブラック・ジャック」とか。

あと、「エコエコアザラク」とか。

「ドカベン」とか。

今にして思うと、あれはあれで収穫でした。



その湿疹は、なかなか全快とはいかなかったのですが、中学生になる頃に、自分で、「もうこんなふうに毎日のように皮膚科に通うのは嫌だ!」と強く思ったのを覚えています。

その強い思いが何らかの効果を及ぼしたのかどうかは定かではありませんが、とにかく、中学に上がった頃には、いつのまにか的に、湿疹の症状はなくなっていました。

もしかしたら、やっぱりアトピーだったのかな?





その後、皮膚病の悩みというのは、しばらくは影を潜めていたのですが、高校生の頃になって、今度は、手指がひどく荒れるようになりました。

それで、皮膚科に行ってみたり、薬局で買った塗り薬を塗ったり、いろいろしましたが、それは、結局、20代後半ぐらいまで、完全に治まることはありませんでした。



皮膚科に行って薬を塗ると、少しよくなる。

で、行かなくなる。

すると、悪化する。

面倒なので、薬局の薬で済ませる。

しかし、ひどくなり、また皮膚科に行く。

そんなことを何度か繰り返しました。



最終的には、やはり、ステロイド剤が効きました。

副作用が強いそうなので、使うのに少し抵抗はありましたが、背に腹は換えられず。

やはり、他の薬とは比べものにならないぐらい、効果てきめんでした。





また、日常生活でも、肌に悪いもの、刺激になるようなものは、なるべく触れないように心掛けました。

その筆頭が、合成洗剤。

それは、洗濯の時の洗剤についてもそうですし、食器を洗う時の洗剤も、また、シャンプーなどについてもそう。



手指が荒れるようになって初めて、私は合成洗剤と石鹸の違いを知りました。

それまでは、粉状の合成洗剤のことも「粉石鹸」と呼んでいいのだと思っていました。

「粉石鹸」とは、文字通り、石鹸成分でできたもののことを呼ぶということすら、知らなかったわけです。



合成洗剤と石鹸の違いについては、詳しくは、こちらをご覧下さい。

「生活雑貨:ピュアコンセプト」石けんと合成洗剤

要は、合成洗剤は環境にも甚大な悪影響を及ぼすし、人体に対してもそうである、ということですね。



それで、私は、洗濯の時も粉石鹸(石鹸カスが出るので面倒ですが)、食器洗いも石鹸(ふきんを洗う用の石鹸をスポンジに付けて使う)、入浴時にも石鹸シャンプー(石鹸成分でできているもの)とそれ用のリンス、を使うようにしました。



ただ、問題は、職場などで合成洗剤を使わざるを得ない場合。

そういう時には、使ったあと、必ず石鹸で手を洗うようにしていました。

それは、「学生時代に中華料理店でアルバイトをしていた」という男性から教わったことなのですが、石鹸で合成洗剤の成分を洗い落とすことによって、手の荒れ具合が全然違うのです。



あとは、漂白剤なども、酸素系の、環境に優しいものを使ったり、とにかく、生活のあらゆる場面から合成洗剤を放逐しようとしたわけです。



それによって、かなり症状は軽減しました。





小学生の時の皮膚科通いは、少年マンガに精通する(ってほどでもないが)という恩恵をもたらしましたが、手指の荒れは、「合成洗剤の危険性を認識する」という学びの機会を与えてくれました。



やっぱりね~、合成洗剤はよくないですよ。

ま、あんまり全てを石鹸にするのは、けっこう大変ではあるので、実のところ、今では、食器は石鹸ですが、洗濯には、合成洗剤の成分と石鹸成分が半々ぐらいの洗剤を使い(液状で石鹸カスが出ないから楽)、シャンプーも、一般的な、合成洗剤使用のものを使っています。

「できる範囲で、多少はましなものを使おうと心掛けてはいる、んだけど~」という、中途半端な状態なので、偉そうなことは言えないのですが。



──何か、もっとみなさまの参考になることが書けそうな気がしていたのですが、書いてみたら、全然どうってことのないことしか書けなかった気がしてなりません……。

まあ、そんなのはきっと気のせいに違いない、と自らに言い聞かせ、明日に向かって突き進もうっと!!





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櫻井よしこ『何があっても大丈夫』~この母にしてこの娘あり

少し前に読んだ本ですが、みなさまに、ぜひお勧めしたい一冊。



何があっても大丈夫

何があっても大丈夫

櫻井 よしこ





帯コピーを紹介すると、このように書かれている。



強く願えば、想いは叶う。

出生からジャーナリストになるまで。

初めて綴った劇的な半生。

「泣いてもいいけれど、涙に溺れては駄目よ」

帰らない父。

ざわめく心。

けれども、私には強く優しい母がいた──。

ベトナムの野戦病院での誕生、父の不在、雪深い長岡で過ごした10代、孤独と闘ったハワイでの大学生活、新聞社助手の日々、結婚と離婚、そしてニュースキャスターに……。

若き日の悩み、苦しみ、葛藤と真摯に向き合った待望の回想記。






著者の櫻井よしこさんのことは、いつも、なんて素敵な女性なんだろうと、憧れの目で見ていた。

知的で、美しくて、しかも、穏やかで。

戦うべき事柄に対しては、きちんと言葉を尽くして戦い、それでいて、必要以上の厳しさも、堅苦しさも感じさせない人。

それは、憧れを通り越して、一種の驚嘆ですらある。

なぜ彼女はあんなに素敵なんだろう。



その秘密の一端が、この本では解き明かされていると思う。

彼女の生い立ちは、まさに壮絶とも言うべきもの。

その中で、彼女が自分を失わず、真摯に、逃げずに、前向きに道を切り開き続けたことは、こんな言い方で片づけるのもどうかとは思うが、ちょっと人間離れしていると思えるほどだ。

ほかの誰に、あれだけの環境の中で、あれだけの生き方を貫けただろうか。



最初の職場だって、私から見ると、ずいぶん安い給料でこき使われたんじゃないかと思えてしまったりするのだが、彼女自身は、それを修行時代と捉え、当時の上司には限りない感謝を惜しまない。



う~む。

そもそも人間の出来が違う、ということなのかもしれないが。



父親のことだって、私なら、そうとう憎んだに違いない。

そう思えるくらい、客観的に見て、彼女はかなりひどい扱いを受けたと言えるのではないだろうか。

しかし、彼女は、そんな父親のことも、むしろ、深い慈愛をもって受け入れている。





それには、帯コピーにもある通り、彼女の母親の存在が大きかったようである。

読んでいて、私が「おっ」と思って付箋を張った箇所から、彼女の母親の言葉を幾つか引いてみたい。



「世のなかを見渡してごらんなさい。人間ほど恵まれて生まれてきた存在はないでしょう。使えば使うほど知恵を出してくれる頭脳を与えられている。努力すればするほど磨かれる才能も、ひとりひとりに与えられているでしょう。

神様は私たち皆を愛して下さっているの。だから、私たちは誰でもみんな、幸せになるようになっているの。どんな人も幸せになるために生まれてきたのよ」(p89)



「人間関係は鏡のようなものなのよ。あなたが後ろ向きになれば、あなたとお父さんの関係も後ろ向きになるでしょ。だから、何があっても、前向きに、お父さんのよいところを見てあげなさい」(p139)



「お母さんは、これからでも自分自身を磨いたり、勉強したいと心底思っているわ。これまでもいつも勉強したかったし、向上したいと思っていたけれど、いろいろな事情で十分には出来なかった。ようやく、それが出来る時期になったのかしらと感じているの」(p237)




この母にして、この娘あり。

父親が、そういう父親であったことも、何か意味があってのことだったのだろうと思えてくる。





最後に付け加えるならば、この本は、内容ばかりでなく、文体自体も、非常に文学的である。

私は、どちらかというとノンフィクションは苦手で、小説のほうが好きな人間なのだが、この本は、文章にとても潤いがあって、一行一行を味わいながら読むことができた。



心に残る、大切な一冊である。





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「薄れていく記憶」

君を忘れることなんてありえないと

そのことで

あいつと口論すらしたのに

近頃

何だか曖昧なんだ



顔の輪郭

笑った時の目尻

えくぼが浮かぶのは左の頬の

正確に言うとどのあたりだったか

一つ一つ辿ろうとすると

なぜだか

うまくいかない



いつからそうなのかも

思い出すことができない



君の記憶が

僕の心から次第に薄れていくなんてことが

もしも本当にありうるのならば

僕は

何を見ていたのか

そして

何を想っていたのか



もう一度

君を見たい

二度と揺るがないほどに

心に焼きつけたい

君の全てを



君は今

どこにいるのだろう



会えたら

でも

今会えたら

僕は君を壊してしまうのかもしれない



だから

僕にできることは

ただ

薄れていく君を悔やみながら

立ち尽くすことだけ

それだけなんだ

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三蔵法師と孫悟空に見る究極の師弟愛

先日、ドラマ「西遊記」を見ていて、その内容があまりにスピリチュアルであることに驚かされた。

と同時に、自分自身を振り返って、いろいろと考えさせられた。



かなりはしょった形でストーリーを説明すると、以下の通り。



妖怪に呪いをかけられた人たちが、昏睡状態に陥っている。

彼らを救うためには、黒く汚れてしまった彼らの魂(ドラマの中では、小さなガラス玉みたいなもので表現されていた)を、黄泉の国にある泉の水で洗わなければならない。



不意に三蔵法師は言う。

「悟空、死んでくれませんか」

沙悟浄や猪八戒は、

「何を言うんですか、お師匠様」

と慌てる。

しかし、当の孫悟空は、驚いた素振りも見せずに、

「いいよ!」

と明るく言う。



誰かが、いったん死んで、黄泉の国に行き、呪いをかけられた人たちの魂を洗ってこなくてはならない。

黄泉の国に行ったら、決して後ろを振り返ってはならない。

振り返ったら、二度と帰ってこられなくなるからだ。

黄泉の国に行って、再び帰ってくるには、後ろから呼ぶ声がしても決して振り返らない、強い心の持ち主であることが求められる。



三蔵法師が、沙悟浄でもなく猪八戒でもなく孫悟空に「死んでくれ」と言ったのは、彼になら、その心の強さがあると信頼したからだ。

そして、孫悟空が、「嫌だ」とも「なんで俺が」とも言わず、素直に「はい」と言ったのは、師匠である三蔵法師を、命を委ね得るほどに信頼したからだ。



これが究極の師弟愛でなくて何だろうか。



実は私もそうありたいと常に願っている。

実際にはありえないことではあるが、心の中で、しばしば、こんなことを自問する。

心から信頼する、師と仰ぐような人から、もし万が一、

「申し訳ないが、ここはひとつ死んでもらえまいか」

などと言われたとして、その時、素直に、喜んで、それを受け入れることができるだろうかと。



ややエキセントリックな仮定かもしれない。

しかし、生きるということは、信ずることのために命を懸けることではないだろうか。

信ずることのために命を捧げることなくして、真に生きていると言えるだろうか。



三蔵法師と孫悟空のあり方は、私にとっての一つの理想型を示してくれた。



ただ、ここで一つ注意点がある。

師と弟子とが信頼し合い、時に、師のために弟子が命を投げ出すようなことがあったとして、その師の考え方に誤りがあった場合、弟子も、そのとばっちりを被ることになってしまう、ということだ。



分かりやすい例を挙げれば、イスラム社会でよく見られる自爆テロの場合などがそれに当たるだろう。

自爆テロを実行する人は、自分は神の大義のために命を捧げるのであり、その“善行”によって死後は「よき報い」を受けるはずだと信じているのだろう。

その人を教唆する人も、決して騙しているつもりはないのかもしれない。

けれど、自らの命を絶つと同時に、無差別に多数の人々を死傷させるなどという行為が、天国への道に通じるはずはないことなど、傍から見れば一目瞭然なのである。

その自爆テロが、たとえ本人にとっては純粋な英雄的な行為に思えたとしても、その指導者の思想自体に誤りがあれば、その“純粋”な思いや行為は、全くの無駄どころか逆に悪になってしまう。



ゆえに、私たちは、何かを信じるということにおいて、非常に慎重でなくてはならないと思う。

決して、妄信や狂信に陥ってはならないと思うのだ。

まず、その対象が信じるに足る存在ないし思想であるのかを、理性・知性をもって判断しなくてはならない。

命を委ねるのは、それからでも遅くはないだろう。



そして、それが信じるに足るものであると判断した時、今度は、逆に、その理性・知性という一種の殻を脱ぎ捨てる必要が出てくる。

「信じる」ということは、理性・知性を超えた領域にある行為であるからだ。

そこに至るには、感性も非常に有効である。

「信じる」という行為は、理性・知性、そして感性をも超えた、そう、それらを総動員した上で、さらにそれを乗り越えたところにある、悟性を伴う行為だと言える。



……え~っと、香取慎吾くんの「ウキーッ!!」とかいうドラマから説き起こして、なんでこんな、よう分からん話になっているんでしょうか。



まあ、今日の論旨は、「みなさま、妄信・狂信には充分気をつけましょうね。その上で、信ずるに足るものに出会ったならば、思い切って飛び込む勇気も必要ですわよ~」ってことでした。



いや~、思った以上に本気〈マジ〉になっちまったぜぃ。

プハーッ!!(←誰? ていうか……何??)





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「冬のオリンピック」が苦手な理由

以前から、なぜか分からないが、「冬のオリンピック」が苦手だった。

だから、今回のトリノ五輪も、申し訳ないが、ほとんど関心を寄せていなかった(……上村愛子選手はかわいいけど)。

でも、さすがに、ニュース番組のトップに延々と流れると、見ないわけにもいかない(……ってこともないんだけどね)。

号外も出たようである。

(紀子さま第三子ご懐妊の時以来ですね。)

そう、荒川静香選手の金メダル獲得。

今回のオリンピックで日本初のメダルであるばかりでなく、フィギュアで金はアジア初なのだそうである。



彼女の素晴らしい演技、応援する人々、感動秘話、などなどを拝見しつつ、「なぜ私は冬のオリンピックが苦手なのか?」と考えた。

たぶん、冬の競技は、どれも過酷すぎるからだ。

夏の競技が過酷でないわけではない。

ただ、冬の競技は、見ていて、あまりにも痛々しく感じられてしまうのだ。

フィギュアだって、私には辛い。

なぜそういう感じ方になるのかは分からない。

「ネクラ」と切って捨てて下さっても構わない。

そうなのかもしれない。

冬の競技は、どれも、心穏やかに見ていることができない。

成功しても、失敗しても、何か、心がきりきりしてくる。

荒川選手の素晴らしすぎる演技にも、涙した。

金メダル候補と目されつつ、銀メダル、銅メダルに終わったアメリカやロシアの選手の惜しい演技にも、涙した。

いずれにしても、心が揺れ動きすぎて、辛い。

ほかの、スピードを競う競技や、飛距離を競う競技等も、何か、見ていて苦しい。

同様にスピードや飛距離などを競う競技でも、陸上競技なら、比較的、好きなのに。

(いや、より正確に言えば、陸上競技はかなり好きだ。)

水泳も嫌いじゃない。

球技も好きだ。

体操も別に苦手じゃない。

陸上と水中はいいのに、氷上と雪上は苦手なのか。



ま、想像の域を出ませんが、こうなってきますと、「前世で、死ぬ時に、凍え死んだ経験がある」とか、そんなことだったりしてね、理由は。



しかし、いずれにしても、荒川選手の演技は、美しかったですね。

特に、「イナバウアー」とやらが素敵。

(……でも、そうは言いつつも、やっぱり見ていてなぜか胸が痛いことは痛い。

因果だわ~。)





ところで、みなさま、お気づきの方も多いことと思いますが、Googleのトップページのロゴが、日々日々変化していますよね。

oとかgとかlとかの文字が、いろいろな競技を行っている人物などをデザインしたものになっていて、それが、ほとんど見るたびに変わっているから、驚かされる。



現時点で、既に11のパターンが登場しているが、最終的に、幾つまで行くのか。

(閉幕間近だから、そろそろ打ち止めか。)

最初のは、聖火ランナーをデザインしたものなので、最後のは、……何だろう。

冬のオリンピックに全く疎い私としては、予想のつきようもないのだった……!!





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高校時代は、まさに「胸キュン」(死語?)。

少し前に、mixiなるものをやり始めた私ですが、最近はまっているのが、自分の出身校のコミュニティー。



私は某都立高校の出身なのですが、その高校は「大学通り」という通りに面していて、そこは、桜並木が続く、なかなかに趣のある通りなのです。



で、そのコミュニティーの中で、「大学通り、大好きでした」みたいなトピックがあったので、そこに私も書き込みをしたりして。



「“みちくさ”ってお店があったよね」とか、「部活帰りにいつもチェリオ飲んでました」とか、「少し前に、伝説のY先生を見かけました」とか、どうでもいいといえばどうでもいいような話題で、けっこう盛り上がってしまう。





高校時代って、独特なんですよね。

文字通り「青春」という感じ。

大学時代になると、多少、大人的に汚れ始めてしまうところがあるけれど、高校時代は、まだそれも微かなものでしかなく。

中学時代は、青春というには、まだ幼すぎるし。

おそらく、ある一定以上の年齢の人にしか通じないであろうフレーズを使わせて頂くならば、まさに「胸キュン」なのである。





そんな「大学通り」の思い出として残っているのが、映画「探偵物語」の撮影。



平日の午後、突如現れた(って感じだった)薬師丸ひろ子さんと松田優作さんに、私たちミーハーな学生たちは、死ぬほどエキサイトしてしまった。

特に、薬師丸ひろ子さんは、当時、トップアイドル女優で、テレビにはほとんど出ないし、その彼女をナマで見られるなんて!という、すごい興奮の坩堝でした。



もう、野次馬が集まって、撮影ができなくて、撮影部隊(と言うのかな?)は、何度も場所を変えようとして移動するのですが、野次馬も、自転車で追いかけたりして、全然埒が明かない。

追いかけている私たちも、これではいけないと思いつつ、何だか変な興奮で、追いかけずにいられない。

本当に申し訳なかったと思うが、ものすごく必死に追いかけた自分を覚えている。

これ以上はないほど、こぎましたよ、自転車のペダルを(苦笑)。



ちらっとだけ見ることのできた薬師丸ひろ子さんは、スタッフに守られるようにして、木陰で、少し不機嫌そうに立っていた。

とても小柄で、かわいらしくて、「わぁっ、本物だぁ♪」なんて、無邪気に喜んでしまった、かつての愚かな私を、今になってお許し頂こうったって、無理な相談でしょうかね、やっぱり。



一方、衝撃的だったのが松田優作さんである。



その日は結局、私たち野次馬のせいで、撮影はできないままに終わった。

念のため、我が母校の名誉のためにも申し添えるが、野次馬は、全て我が母校の生徒だったわけではもちろんなく、あの通りには大学もあったし、近くに他にも学校はたくさんあったから、半端じゃなく若者たちが集まりやすい場所ではあったのです。



それで、遠くから見えただけなのですが、松田優作さんが、突然、スタッフを殴り始めたのです。

で、そのスタッフが、倒れて、こう、横向きで、体を丸めるような形になっているところを、腹部に何度となく蹴りを入れておられました、優作さん。



私は、そのような激しい暴力的な場面というのを実際に目の当たりにしたのは、あれが初めてでした。

そして、思い返せば、あれが最後でした。

つまり、この40年と数カ月の人生の中で、あれが最初で最後の、ナマで見たすごい暴力シーンでした。



たぶん、彼の怒りも、今思えば分かる気はします。

あんなに野次馬の集まりやすい場所で、あの時間帯に撮影しようなんて、読みが甘すぎますから。

(自分が野次馬だったのに、図々しく人ごとのように論じる私の面の皮の厚さよ。)

彼にしてみれば、「何やってんじゃい、うりゃあ!!」みたいな感じだったのでしょう、おそらく。

その気持ちは分からないではありません。

あれは、スタッフ側のミスといえばミスでしょう。



ただ、彼が殴る蹴るの暴行を加えていたスタッフが、その責任を負うべき当の本人であったかどうかは定かではありませんが。

もしかしたら、とばっちりを食ってしまったのかもしれません。

いずれにしても、気の毒です。

あの時、大きなけがなどをしないで済んだのであったことを祈りますが。





撮影のほうは、後日、早朝に無事行われたそうであります。



映画は公開時に観に行きましたが、どうでしたっけ、大学通りって、映ってましたっけ?





「探偵物語」は、アイドルとしての薬師丸ひろ子さんの魅力が、最高度に開花した作品の一つであったと思います。

けれど、今現在の彼女も、ある意味ではあの頃以上にかわいらしくて、とても魅力的です。

「木更津キャッツアイ」に“天然”な教師役で出ていた彼女には、とても癒されました。





今も、あの大学通りを行き来しては、あの高校に通い、あの教室で机を並べている高校生たちがいるんだなぁと思うと、とても不思議。



あれから20年以上経ったなんて、ちょっとさあ──



SFじゃないの!?



──って感じです。





探偵物語

探偵物語





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ひらやまれいこ著『あなたがいるだけで幸せ』を読む幸せ

何だか、今日は、昼間はコートが要らないんじゃないかというぐらい暖かくて──



もう春はそこまで来ている!

どうする、ちょいハピ!

緊急プチ・ダイエット宣言か!?




──と思わせて頂きました(汗)。





そんな小春日和の穏やかな日に(百恵さ~ん!)、こんな本はいかがでしょうか。



あなたがいるだけで幸せ

あなたがいるだけで幸せ

ひらやま れいこ



Amazonのレビューによると、以下の通り。



「口コミだけで広がり、名古屋地区だけで8万部売り上げたメッセージ集が、全国からの要望に応えてついに書籍化!――ねじれた心をときほぐし、前向きでやさしい気持ちになれると大好評のヒーリング・エッセイに英語対訳をつけ、新作エッセイも収録したとっておきの1冊。落ち込んだ時、疲れた時、悩んだ時はもちろん、楽しい時、うれしい時にも、ホッと一息つける本!」



いや~、うまいレビューですなぁ。

もう、私など、これ以上、何も足さない、何も引かない、って気分です。



それでも、私なりに説明を試みますと、本の構成としては、短いエッセイと、著者自ら描いた、かわいい猫や天使のイラストと、著者直筆の、ちょっとした一言と、から成っています。



その、丸っこい字で書かれた、ちょっとした一言というのが、とても効いているのです。

癒される、という面ももちろんあるのですが、そればかりでなく、ハッとさせられて、「あっ、明日からちゃんと頑張ろう!」みたいな、前向きな気持ちになれてしまう。

そういえば、そういう、ささやかながら大切なことって、忙しい日常の中で、ついつい忘れちゃってたなぁ……という。



そう、すごく気軽に読めて、ちょっと元気になれて、周りの人にも、いつもより優しい気持ちになれそうな一冊、という感じ。





……で、余談なのですが、Amazonでは、『あなたがいるだけで幸せ』と“あわせて買いたい本”として、こんな本も紹介されています……。



ちょハピ!

ちょハピ!

本田 健, AKIFU



「ちょっとハッピーになれる小さな絵本」なのだそうです。



私、『ちょいスピ』という本があるのは知っていましたが(「スピ」は「スピリチュアル」の「スピ」ですね)、この本は知りませんでした。

そういえば、フジテレビも、「ちょっぴりハッピー!」とか、やっていますよね。



つまり──



時代は今、ちょいハピ!!



──ってことなのか!?

(やっぱり??)





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二宮和也(嵐)の魅力とは?

ある方からリクエストがありましたので、今日は、二宮和也(嵐)、通称ニノの魅力について、言いたい放題、言いまくろうと思います!



以下、あくまでも私の個人的意見。

(ちなみに、私は「青の炎」から入りましたが、特にニノ担ではありません。)





彼の魅力とは、一言で言えば「二面性」であると思う。



つまり、彼は表面上、非常に人当たりがよく、頭の回転も早く、コメントなどを求められると、嵐の他のメンバーの誰よりも、当意即妙の言葉を繰り出すことができる。

場を上手に盛り上げるのも得意。

すごく、人柄が丸い、柔らかい、柔軟、という印象。



でありながら、内面には、とても鋭いところを秘めている。

それは、時に人を傷つけてしまうこともあれば、自分自身をも傷つけてしまうこともある。

その鋭さ、尖った部分は、反面、脆さにも通じる。

同時に、また、熱い思いにも、おそらく通じている。

そんな内面の秘めた部分は、巧妙に隠されてはいるけれど、折々に見え隠れする。



その、危うさ。

それが彼の魅力ではないだろうか。





彼は、少し前に、「小説を書いている」と言っていた。

それは、文章の勉強のためであって、特に発表するつもりもない、とのことだった。



彼の文章のセンスのよさについては、携帯サイトで連載している「ゲームニッキ」を読めば、その片鱗を窺い知ることができる。



(しかし、よく続くよねぇ。

毎日毎日だもん。

うっかりしてると読み損ねるんだよね。

ていうか、けっこう読み損ねてる、ファンとしては不埒な私。)



彼は自作の歌を時々街角で弾き語りするそうだが、やはり、何らかの形で、内面に秘めた鋭い部分、尖った部分、脆い部分、熱い部分を、表現せずにいられないのではないだろうか。

もちろん弾き語りをしている彼も魅力的だが、私としては、ぜひ、本格的に小説も執筆して頂きたいと内心思っている。

彼なら、すごく感受性の鋭い、人間の内面をえぐったような作品が書けると思うんだよね。

「こんなくねくねした若者(失礼! だって、体柔らかすぎない?)が、こんな穿った小説を!!」と、人々は戦慄すら覚えることだろう。



──たとえば、私小説的な恋愛小説なんて、どうでしょうか!!

(何でしたら、私、ゴーストライターさせて頂きますが!?)





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ドラマ「優しい時間」におけるリストカット癖の扱い

今日は、前々から書こう書こうと思いつつ、少々気が重くて先延ばしにしてきたことを、思い切って書いてしまおう。



……たいへん申し上げにくいことではあるのですが……みなさんは、「北の国から」というドラマをお好きですか?

もしそうでしたら、このあとの文章は、決して、決して読まないで下さい。

以下、あのドラマを書かれた偉大なる脚本家であられる倉本聰大先生への痛烈な批判を書き綴るつもりですので。



あのドラマは、何となく肌に合わなくて、たまたまチャンネルを合わせることがあっても、5分ぐらいしか我慢できずにチャンネルを替えるのが常だったから、これまでの人生の中で、トータルでも30分ぐらいしか見ていない。

そう、だから、「食わず嫌い」である可能性は否めなかった、少なくとも去年までは。



去年、彼のドラマで「優しい時間」というのがあった。

映画「青の炎」を見て以降、二宮和也(嵐)に注目し続けている私としては、見ないわけにはいかない。

見るにあたって、

「今まで、あの国民的ドラマを何となく好きになれなかったのは、単なる食わず嫌いだったのかもしれない。

今回は、あのドラマと同じ脚本家、という先入観なしに、白紙の心で見てみよう」

と自分に言い聞かせた。



そして、初回、2回目、3回目……その試みはなかなかうまくいった。

おお、けっこういいドラマじゃないか。

やっぱり食わず嫌いだったか。

初めはそう思えた。

しかし、4回目ぐらいから怪しくなってきて、──5回目ぐらいで、もう、決定的に、これは私には無理だと感じた。

つまり、鼻につくのです。

わざとらしさ。

嘘臭さ。

作り物臭さ。



ドラマ「西遊記」について書いた時に、「わざとらしい、嘘臭いドラマは嫌い」と書いたが、その最たるものが、私にとっては、あの大脚本家先生の書かれるような偉大なるドラマなのである。



あの「北の国から」についても、言いたいことはたくさんある。

だが、それはひとまずおくとして、ここで、どうしても、あの「優しい時間」というドラマについては、納得のいかない点があるので、それについて触れたい。



(ちなみに、脚本自体は、途中、他の脚本家が担当した回もあったようだが、トータルな原案・ストーリー・人物設定等については、件の大先生が編んだものと思われるので、批判の対象としては彼一人に絞りたい。)



二宮和也の演じる、主人公の息子には、彼女のような彼女でないような、これから恋人関係に発展しそうな女友達がいる。

長澤まさみちゃんの演じるその女の子は、とても傷つき易くて、リストカット癖がある。



最初、見た時、なんでこんな重要な役にこんな演技のできない子をキャスティングしたのかと疑問に思った。

だが、そうではなかった。

彼女がまともな演技ができないのではなく、脚本が彼女にまともな演技をさせることを妨げたのだ。

(と、今にして思う。

というのは、その後、別のドラマで、普通にきちんと演技している彼女を見たから。)

もちろん、それでもきちんとした仕事をするのがプロの俳優ではある。

その点、寺尾聰、大竹しのぶ、二宮和也のお三方は、さすがに完璧であり、特に二宮は天才的といってよい演技を見せていたと思う。

(たとえばファミレスで泣くシーン。

普通の俳優なら、あのネタで、あそこまで泣けないだろう。)

俳優の方々は、あの脚本で、よく頑張られたと思う。

長澤まさみちゃんには気の毒な作品となった。



で、その女の子。

彼女の人物設定の薄っぺらさと、その奥に見え隠れする脚本家の意図は、私にとっては、とても耐えがたいものに感じられる。

その意図とは、私の勝手な想像では、以下の通りである。



「主人公の息子にはガールフレンドがいて、その子が、何か心に傷を負っていることにしたら、ドラマに深みが出るな。

そうだ、最近、リストカットをしたがる若者が増えているらしいから、その子は、リストカット癖があることにしよう。

そうすれば、そういう愚かな子供たちに、『そんなつまらないことで、大切な命を粗末にしようとするんじゃないよ』という、素晴らしいメッセージを訴えかけることもできる。

リストカット癖を持つようになったきっかけは、そうだな、まあ、過去に、学校でいじめに遭ったとか、辛い恋があったとか、その程度のことでいいだろう」



そのような意図が、画面からにじむようにして伝わってくるのを感じてしまう。

そもそも、作り手の「メッセージ」が伝わるのは正しいが、その奥にある「意図」が感じられてはいけないはずで……まあ、それを感じ取ってしまうこちらに問題があるのかもしれないが。

あるいは、感じ取っているつもりで、単なる誤解なのかもしれないが。



だが、少なくとも、脚本家が、「そんなつまらないことで簡単に死にたいとか言うんじゃない!」って、「愚かな若者たち」に訴えかけたいのは事実だろう。



でも、言っておきたい。

そんな気持ちで、そんな言い方では、彼らには決してその言葉は届かないと。



私は以前このブログで「自殺したい気持ちのあなたへ」と題した記事を書いたことがある。

それは、一つには、もちろん、死にたい気持ちの人に読んでもらいたかったからだが、もう一つには、そういう上から目線でお説教を垂れようとする人たちにも分かってほしかったからだ。

上から言っている限り、遠く離れたところから見下ろしている限り、決して彼らには届かない。



彼らに、まず、生きていることの意味を言わなくてはならない。

つまり、地球だっていつか死滅するのに、どんな文明だっていつか消えてなくなるのに、それでもなぜ生き続けなければならないのかということを。



すべては残るからだ。

人生は、世界は、この世だけ、目に見える世界だけではないからだ。

そして、自分の思ったことと行ったことに対する責任から、決して逃げることはできないからだ。




死にたいという人を引き止めることは、とても難しい仕事だ。

でも、やらなくてはならない。

言わなくてはならない。

だが、それは決して、「そんなつまらないことで、簡単に死ぬな」というような言葉や思いによってなされるべきではない。

「そんなつまらないこと」と言うなら、一体何が「つまらなくないこと」なのかを示さなければならない。

「簡単に」と言うが、それが本当に「簡単」であるかどうかを、どこまで分かった上で言っているのか。

何も分かってはいないはずである。

分かろうとしていないはずである。



実は、数日前に書いた詩「君に伝えたいこと」も、そういう意図から書いた。

死にたい人に、言いたかった。

「死なないで! 生きて!」と。

まあ、あまり表現力もないので、うまく言えてはいないかもしれませんが。



……熱くなりすぎたかもしれません。

表現が強すぎたかもしれません。

みなさんの中に、不快に感じられた方も少なからずおられたかもしれません。

不快に思われたり、傷ついたりされた方がおられたら、とても申し訳なく思います。



私の意図は、死にたい人に死なないでほしいということと、死にたい人を不用意な言葉で傷つけないでほしいということ、その二つである。



あの脚本家は、なぜ人気があるのだろう。

私には分からない。





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ショーン・コネリー、好きなんです。

ショーン・コネリーという俳優を、初めて「いいな」と思ったのは、映画「薔薇の名前」を観た時だった。



薔薇の名前 特別版

薔薇の名前 特別版



公開時に映画館で観たから、かれこれ……15年ほど前になるだろうか。

(──と思ったんですが、1986年であることが分かったので、20年前だよ~!!!!!)

(←「!」の数=衝撃の度合い)



彼は年老いた修道士の役で、さまざまな謎に彩られた修道院の中で、その謎を解き明かそうとする──という話だった。



最後のほうで、火事から守ろうとして持ち出した本たちを、僧衣の中からバサバサと落とす、少しコミカルな(と私は感じたのだが、合っているだろうか)場面が印象に残っている。



あの映画は、原作を読んだ人に言わせれば、今一歩だったとのことだが、原作を読んでいなかった私には、充分おもしろかった。



……「謎に満ちた修道院」というだけでも、観たくなるじゃないですか?

そして、実際に堪能できた。





彼の、その後の出演作では、「小説家を見つけたら」(2000年)がよかった。



小説家を見つけたら

小説家を見つけたら



あれも、その頃の私としては既に珍しいことだったのだが(つまり、次第にレンタルで済ませることが多くなった)、わざわざ映画館まで出向いたのを覚えている。

よほど観たかったということだろう。

自分自身が小説家志望だったということもあり、作家を主人公にした映画に、ついつい惹かれてしまう傾向も相まって。



(そういえば、「有頂天ホテル」をまだ観ていないが、間に合うのだろうか?

観よう観ようと思いつつ、気づけば上映期間が終わっていて……ということがよくあるのだが。)




あの映画で彼が演じたのは、偏屈な老作家の役。



作家は、大ベストセラー1作を残して、今では世間との接触を避け、ひっそりと暮らしている。

そんな彼が、才能ある作家志望の若者と出会い、若者に執筆の手ほどきをするようになり、心の交流が生まれる。

それでもなお人嫌いな彼だったが、あるアクシデントが起きた時、その若者を窮地から救うために、一つの決断をする──。



いい作品だったし、彼の持ち味、魅力が、いかんなく発揮されていたと思う。



あの映画の中で印象的だったのは、最初のほうの、BMWを巡るエピソード。



老作家の周りをちょろちょろしている成り金っぽい男が、若者に対して、自分の愛車であるBMWのことを、「君には、この車の値打ちは分かるまい」みたいなことを言う。

若者は、「知ってるさ」とクールに言い放ち、BMWの歴史について、滔々と語る。



私も、その歴史については、あの映画で初めて知った。

(初めは飛行機をつくっていて、だから、あのシンボルマークは、飛行機のプロペラをデザインしたもので、という。)



映画の中で、その薄っぺらい白人男も、「BMW=おれっちぐらいのクラスにならないと買えない高級車なんだから、貧乏人は触るんじゃないよ」程度の認識しかなかったのだろう、その話は初耳だったようで、……自分が見下していた黒人の若者が、意外にもインテリだったことに恐れをなし、無言でそそくさと立ち去る。

小気味よいシーンだ。



今、「白人男」「黒人の若者」と、わざわざ書いたのは、そこから生じる微妙なニュアンスをも伝えたかったからだ。

実際、スクリーン上にも、そうしたニュアンスが漂っていた。



もう一つ印象的だったのは、最後のほうの、これも少しコミカルな場面。

人を避け、世を避けて生きていた老作家が、何か、解き放たれたように、吹っ切れたように、ひとけのない夜の通りを自転車で蛇行している。



子供の頃、よくあんなふうに自転車で蛇行したがっては、母親に叱られたのを思い出す。





で、今、彼の略歴をネット上で見ていたら、出演作に、こんなのを見つけた。



1959年「ダービーおじさんと不思議な小人たち」



……み、観たい……!!





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「君に伝えたいこと」

伝えたい言葉は

なぜ

伝えたい通りに

伝わらないのだろう



助けたいのに

追い込んでしまったり

励ましたいのに

傷つけてしまったり



決して分かり合うことのできないまま

それでも分かり合おうとして

沈みそうになりながら

必死に水面に顔を出して



虚しいと知りながら

僕は

君とつながろうとする



君に伝えたい

そこにいてくれるだけで

僕は幸せだと

君の心が空っぽでも

君が君を嫌いでも

消えずに

そこにいてくれることだけで

僕は満足だと



夕日はあんなにも美しいのだから

夜を恐れるより

むしろ朝を待とう

長く暗い夜のあいだ

僕はずっと君のそばにいる

君の心を決して独りにはしない

やがて闇を抜けて光が散乱する

その時まで

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仕事帰りの電車で、ちょっとした事故が。

先日、仕事帰りの電車で、ちょっとした事故があった。

けが人が出るような大きな事故ではなく、電車が5分ほど遅れる、という程度の影響で済んだのだが。



私はいつも、行きも帰りも、1両目の一番前の、運転席から壁1枚隔てたあたりに立っていることが多く、その日もそうだった。



電車が、不意に徐行したと思うと、本来止まるはずのない場所で止まった。

少なくとも何らかの異常事態であることは分かった。

何か大きな事故につながる事態が起きていないとよいが……と、不安な気持ちになった。



外を見た二人連れの乗客が、こんな会話を交わしている。

「送電線に何か引っかかってるな~。マットレスみたいな……」

「タオルじゃない?」

「どうするんだろう。あれ、取ろうとすると感電するんじゃないの?」

私のいるところからは、その様子をうかがうことはできなかったが、何人かの乗客たちは、窓から外を見ようと首を伸ばしたりしている。



しばらくして、運転手さんによる車内放送があった。

「ただいま、送電線にシーツのようなものが引っかかっているため、パンタグラフを下げ、徐行して通過致します。

お急ぎのところ、ご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません」

そんな内容だった。



車両の外から、駆けつけたらしい何人かの職員さんの声が聞こえる。

「はいっ、そこでパンタグラフ上げて~!」

などと、運転手さんに指示を出している。

運転手さんは、それを受けて、

「パンタグラフ上げま~す!」

などと答えている。

電車の外の職員さんが、また、

「はいっ、OK!」

とか答える。



それを聞いていて、何だか柄にもなく感動してしまった。

彼らが、私たち乗客のために、こんなにも一生懸命に仕事をしてくれている、ということに。



考えてみれば、彼らは日々そのようにしてくれていたのだ。

でも、そのことについて思いを馳せることもなく、電車は定刻通り走って当たり前、お客なんだから運んでもらって当たり前、みたいな気持ちになっていた。



その日も、ほんの5分程度遅れただけだったが、中にはブツブツぼやいている乗客もいた。

私も、その日はひどく疲れていたし、1分でも早く帰宅したいのはやまやまだった。

そして、私は別に殊勝なタイプでも何でもなく、何度も書いているように、日頃、さまざまな事どもに対して、どちらかといえば感謝の薄い人間である。

しかし、その日は、何か、胸がジ~ンと、というか、鼻の奥がツ~ンと、してしまった。



一生懸命に仕事をして、人の役に立つって、素晴らしい。

その素晴らしさを感じ取ることができることも、また素晴らしい。

もっと言えば、人間って、素晴らしい。

生きるって、素晴らしい。



大げさかもしれないし、飛躍があるかもしれないが、何か、そんなことを感じさせてくれる出来事だった。





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ご挨拶

※このブログは、2005年12月からhttp://choi-happy.jugem.jp/にて書いてきたものを、2009年4月初旬にこちらへ移植したものです。そのため、以前の記事は行間が広すぎるなど、見苦しい点もありますが、何とぞご了承ください。

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プロフィール

ちょいハピ

Author:ちょいハピ
【2010年12月30日更新】

久々にプロフィールを更新してみます。

ツイッターを始めてから、すっかり「自動まとめ記事」ばかりが中心になってしまいつつあるこのブログ。
それでも、本や映画の感想などをきちんと書きたい時などにはどうしても不可欠の、私にとって大切な場でもあります。

以下、簡単に自己紹介というか自らの特徴を述べてみます。

まず、人生最大の娯楽は「書店で本を眺める」ことと「映画館で映画を観る」こと。
また、連ドラフリークでもあります。

嵐ファン歴は、約6年半。
(つまり、こんなにブレイクする何年も前からファンだったのだ!ということをここで強調したいわけだったりして)

趣味は散歩、そして不審な挙動(汗)。

そのほか、語学も好きで、特に文字が大好き。
文字に対する愛情というか愛着というか偏愛?は、我ながらかなり強い。

とりあえずはこんな感じです。
ぼちぼちお付き合いいただけましたらたいへん幸いです。


【以下、旧バージョン(1)】

2008年12月18日現在、少し古くなっていたこのプロフィールを、久々に書き直してみます。

このブログを始めたのは、40歳になって間もないころでした。
人生80年時代とはいいつつ、40歳を過ぎると、いろいろな病気などで、けっこう突然な感じで亡くなる方も、少なくありません。
ですから、自分も40代に入った時、「これで少し落ち着けるかな」という安堵の気持ちと同時に、「いつ死んでも悔いのないようにしておこう」という覚悟みたいなものも持ちました。
そこで、「いつ死ぬか分からない中、たとえば今、急に死んだとして、何か自分に言い残したことはないだろうか?」と考えた時に、それを自分なりに探りながら書いてみたい、という思いが湧き、そんな動機から、このブログを始めてみたのです。

最初の記事の日付が2005年12月5日ですから、いつの間にか、もう3年も経っています。
相変わらず、大した内容は書けていないし、この3年でそんなに成長したという実感も、あまりないというのが正直なところ。
しかし、これはこれなりに、何らか意味のあるものでありたいし、そのために、何を書いていくべきなのか、日々、模索し続けています。
不惑を越えながらも、いまだ発展途上──。
このブログには、たぶんそんな私の等身大の姿が、浮き彫りにされているのかもしれません(と、ひとまず言い方だけはかっこよくキメてみましたが、その浮き彫りにされた等身大の姿が全然かっこよくないところが悲喜こもごも)。

ブログタイトルは、文字通り、「小さなことの中に喜びを見いだしていこう。与えられていないものに対して不満を抱くことよりも、与えられているものに対して感謝を抱いて生きていこう」といった意味合いが込められています。
実際に、そういった内容になっているかは何とも言いかねますが、少なくとも当初の志としては、書いている自分も、読んでくれた人も、少しだけ、よりハッピーになれたらいいな、という願いが根本にあります。

これからも、引き続きご愛読いただき、「ちょっぴりハッピー」な気持ちになっていただけたら幸いです。


【以下、旧バージョン(2)】
人生80年と言われる時代ですが、私も、一応80歳を目標にしています。
42歳の今、残り半分を切り、これからの後半生を、一日一日、大切に生きたいと願っています。
人生において、いちばん大切なことは何なのか。
その実現のために、今、そしてこれから、何をしなくてはならないのか。
それを模索しながら、少しずつでもいいから前進し続けたいと思います。

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