スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ライブドアのやっていた「自殺防止キャンペーン」について

ライブドアは、確か、「自殺防止キャンペーン」をやっていたはずである。

そう思って、ネットで検索してみたのだが、確か、前はそれらしいページに辿り着けたのに、何だか、それが見当たらなくなってしまった。

やめちゃったのかな。

やっぱり、元幹部だった人が、他殺とも噂される奇妙な自殺を遂げた(とされている)から?



(さらに検索してみたところ、確かに、「自殺対策支援 livedoor ポイント募金」なるものをやっていたようだが、それは2006年1月23日で受付を終了したそうである。

野口氏が亡くなったことが報道されたのが1月19日。

関連があるかどうかは分からないが。)



せっかく、「ライブドアは、いろいろ問題はあったにせよ、そして、もしかしたら、その隠れ蓑的な意味合いであったかもしれないにせよ、こんないいこともしていたのですよ。その点は評価してもよいのでは」みたいなことを書こうと思ったのだけれど。



というのも、最近、このブログの中で、ホリエモンのことを、少し笑い物にしすぎたかなと思って、反省したので。

彼について書こうとすると、ついつい、小バカにしたような書き方になってしまい、申し訳ないと思っている。

彼のキャラクターが、どうしても私にそうさせるのだ!と言いたい気もするが、だとしても、逮捕され、各方面から、手のひらを返すように散々な言われ方をしている今、ここぞとばかりに一緒になって彼を悪く言う、みたいなのって、とってもかっこわるいと思うから。

(つまり、ここでは、暗に松山千春のことを当てこすってもいるのだが。

松山千春も、堕ちるところまで堕ちたな、と感じる。)



なぜライブドアが「自殺防止キャンペーン」をやっていたのかは分からないが、悪いことではなかったと思う。

実際、昨今の日本の自殺者数の異常な多さは、あらゆる方面から、あらゆる手を尽くして、何とか解決を図らねばならない段階をとっくに超えている。



ライブドアパブリッシングから、こんな本も出ている。



自殺する前に読む本

自殺する前に読む本

ギル・バート



書店でパラパラッと立ち読みしてみた感じでは、いろいろな人の名言みたいなものが集められた本で、そう、もしかしたら、その中から、何か救いの手がかりになる言葉を見つけられる人もいるのかもしれない。

それこそ、自殺する前に、読んでみて、損はないのではないか。



もしかしたら何らかの隠された意図はあったかもしれないにせよ、「自殺防止キャンペーン」自体は、よいことであったと思う。



それにしても、ライブドアの元幹部だった人は、本当に自殺だったのだろうか。

状況から見て、完全な密室だったし、左右の部屋にも宿泊客がいて、争う物音なども聞かれていないのだから、誰が見ても自殺にしか見えない。

にもかかわらず、他殺の可能性が囁かれるのはなぜか。

警察が軽々に自殺と断定して、司法解剖を行わなかったというのも奇妙な話のように思える。

──誘拐されて殺された女の子の事件の時は、あれだけ詳しく傷口の状況が報道されたのに、彼については、それがなされないのはなぜなのか。

本当に自殺と断定できる角度からの傷口だったのかどうか。

「自殺する人が、非常ベルを鳴らしてホテルの従業員を呼ぶだろうか」という声もある。



いずれにしても、亡くなった方のご冥福をお祈りしたい。

本当に、自殺にせよ、そうでないにせよ、人が一人亡くなっているということは、とても重いことだ。

私も、ホリエモンのことを面白おかしく書いて喜んでいる場合ではなかった。

反省し、謝罪したい。





←人気blogランキングへ

関連記事
スポンサーサイト

人柄のよしあしは、感謝の度合いに比例する。

このブログにも時々コメントを寄せて下さる木蓮さんという方のブログ(「magnolia~日々是好日」というブログです。http://magnolia02.blog9.fc2.com/)の記事を読んでいて、思うところがあったので、きょうはそれについて書きたいと思います。



その記事によりますと、えーと、あるラジオ番組で論争になったそうなのですが、あるお母さんが、学校に、「給食代を払っているのだから、子供に『いただきます』と言わせるのはやめてほしい」という手紙を書いた、とか。



そして、木蓮さんは、「いただきます」とは、「命」をいただいている、ということなのではないか、ということを書かれていました。



それを読んで、ついついコメントを入れたくなり、こんなコメントを寄せてみました。





私は一人暮らしで、一人で食事をとる頻度が高いのですが、つい忘れちゃった時以外は、一応「いただきます」と言って軽く手を合わせます。

それは宗教的な行為かもしれませんが、むしろ、人間として、そのくらいの宗教性は必要なのではないかと思うのです。

「いただきます」と手を合わせる時、それは単なる習慣になってしまっている面もありますが、基本的には、感謝の気持ちを形にする、という考えでやっているつもりではあります。

食べ物となってくれた動物や植物たちへの感謝、それを育ててくれた人、収穫してくれた人、あるいは、運んでくれた人、スーパーの棚に並べてくれた人、などなど、感謝すべき対象は限りがありません。

その全てにいちいち思いを馳せるわけでもないのですが、そうした感謝の思いは忘れてはならないと思うし、子供たちにも教えてあげるべき考え方ではないかと思います。






いや~、熱いねぇ、ちょいハピ。

……と、自分を茶化している場合ではなく。



やはり、気になるのは、その、学校に手紙を書いたお母さんの思想というか、ものの考え方、です。

お金を払うか払わないかの問題ではないですよね。

つまり、人から何かをしてもらった時、代金を払った場合は当たり前だからお礼は言わなくてもいいが、代金を払っていない場合はありがたいからお礼を言う、ということになってしまうではないですか。

実際、そのように考えているのかもしれない、と思える人を、いろいろな場面で目撃することもあります。

たとえば、買い物をしている時などに、お店の人に対して不必要に(と思える)横柄な態度をとっている人、とか。



しかし、想像してしまうのですが、仮に、そういう人が、年を取り、病気になって入院した場合、その人は、医師や看護師に対しても、そういう不必要に横柄な態度をとるかもしれません。

そうすると、当然の帰結として、医師や看護師は、その人を嫌い、仕事だからしかたなく、いやいや接するかもしれません。

そうすると、その人は、その医師や看護師を責め、お金の力にものを言わせて(ここでは、その人はお金持ちと仮定して)、医師や看護師を交替させるとか、転院するとか、何か手を打つかもしれません。

でも、いくら人を替えても、病院を替えても、その人自身が横柄であり続ける限り、周りの人は、その人に対して冷たい態度をとってしまうんじゃないだろうか。



変な想像かもしれませんが、時々、そんなことを思ってしまうのです。

自分自身、そういった形で、年老いて入院したりした時に、周りの人たちから愛され慕われる老患者となれるだろうか、と自問してみたりもします。



何が言いたいかというと、結局のところ、最後に「ものを言う」のは、やはり、お金でもなければ、それ以外の何かの力でもなくて、その人の人柄そのものなのではないか、と。

(もちろん、お金なり力なりも、ないよりはあったほうがいいと思うので、それらを否定するわけではありませんが。)





実を言うと、私自身は、「感謝」ということの薄い人間だと自覚しています。

だからこそ、逆に、常に心掛けないといけないなぁと自戒している次第。



変な話ですが、以前、このブログで、「前は手指がすごく荒れやすかったけど、今は大丈夫になった」と書きましたが、今でも、時々、少し荒れてしまう時があります。

そういう時は、たいてい、周りのいろいろな物事に感謝が足りなくなっている時なのです。

だから、私にとっては、手指の荒れ具合が、感謝の度合いのバロメーターになっているというわけ。



人柄のいい人は、決まって感謝に溢れています。

私の人柄の悪さ(自覚はあるのですよ、みなさま。なかなか直せないのですがね)も、感謝の薄さに起因しています。

人柄というものの大切さ、そして感謝ということの大切さ、これは、もっともっと語られるべきことなのではないでしょうか。



……と、あくまでも熱く語る、今日もまた明け方なのでした。





←人気blogランキングへ

関連記事

「天使になること」

僕の夢

それは天使になること

そして

遠く

近く

君を見守ること



軽く羽ばたいて

宙に浮かんでは

君の身を案じ

君の幸せを祈り

何か手を貸せないかと

気を揉むんだ



君は時々

けげんそうに

僕の浮かぶ空間を眺める

もちろん

僕の姿は見えはしない



だけど

天使になった僕は気づく

見守るべき人は

君一人じゃなかったことに

あの人も

この人も

天使を待っている

つまり

天使っていう仕事は

思った以上に忙しいんだ



だから

必要な時は呼んでほしい

どこにいても

必ず

まっしぐらに

文字通り飛んでいくから

君の声がどんなに細くても

必ず聞き取るから



これが

僕のささやかな夢

関連記事

モーツァルトからしずちゃんへの飛躍、その触媒はSMAP

この1月27日は、モーツァルト生誕250年だったそうです。

ニュース番組で、そんな話題が報じられていました。

何だか、意外と最近だったんだな、なんて思いました。

もっと大~大~昔の人、みたいなイメージがあったのですが。



それで、その話題から私が連想したのは、恥ずかしながら、こんな話。

──食用の豚を育てる時に、モーツァルトを聴かせて育てると、肉がおいしくなる、とか。



その話が語られていたのは、先日の「SMAP×SMAP」の、ビストロSMAPのコーナーの中ででした。

ゲストは篠原涼子さんで、「豚肉料理とデザート」というオーダーでした。

勝者は、キムタクさんと慎吾くんのチームでした(確か)。



この前書いたホリエモンの記事に、自分で付けたコメントの中にも書きましたが、ホリエモンさんが将来的にトンカツ屋「ぶぅぶぅ」(この名前、なぜかすごく気に入りました)を開く時には、そんな、モーツァルトで育った豚さんをお使いになると、彼らしくていいなぁ、なんて、また勝手なことを言っています。



(あと、開店時には、店頭でちょっとしたイベントを開いて、ホリエモンさんはそこで歌って踊って下さいね。そのあと、握手会とサイン会もね。駆けつけるわ、私。……って、何ゆえ??)



ちなみに、いつもは見ない「SMAP×SMAP」を、その日はなぜ見たか。

それは、もちろん、南海キャンディーズのしずちゃんが、ゲスト出演していたからですよ!!!



ああ、しずちゃん、可愛かった。

そして、きれいだった、とても。


しずちゃんは、何を着ても似合うけど、やっぱり、ちょっぴりセクシーなドレスの時がいちばん好きだな、私は。



ううっ、しずちゃんを見るたびに、私は……魂の奥に秘めた「女の子が好き!」(正確には「女の子も好き!」)という部分が疼いてしまうのだった。

それはもう、しずちゃんに思いを寄せる冴えない男を主人公にした小説を書きそうなぐらい、である。



なぜ、しずちゃんをこんなに好きなのか。

いや、問いたいのは、むしろ、なぜ、しずちゃんはこんなに可愛いのか、ということである!!



……今日のテーマって、何だったのかしら。

モーツァルトと食用豚の関係について考察していたつもりが、なぜか「しずちゃん、命」的展開になってしまった。



まあ、しょうがないか、明け方だし。





←人気blogランキングへ

関連記事

「賢さと愚かさと」

もしも僕が

これほどにも愚かでなかったなら

決して君を行かせはしなかった

最後まで君を止めることのできなかった僕を

君は意気地なしと責めるだろうか



僕の愚かさに

君はいつも

少し悲しそうに微笑むだけだった

だけどそこには

ある種の愛があったと

僕は信じる



君の賢さと

僕の愚かさを

足して二で割れば

ちょうどいいバランスだったのにね



君の賢さが

僕には少し切なかった

もっとバカになれば

楽になれるのにと

だけど

バカになりきれない君が

愛しくてならなかった



僕の知らないところで

ほんのちょっぴりバカになって

幸せそうにはにかむ君を

想像してみる



君の知らないところで

僕も

ちょっぴりだけ利口になってみようか

関連記事

親愛なる大バカヤロー……その名は景山民夫。

夜中の12時を回って、1月27日になりました。

親愛なる景山民夫様、あなたが亡くなってから、もう丸8年にもなるのですね。

といっても、むしろ、まだ8年しかたっていないことに、逆に驚きます。

もう、あなたがこの世に住んでいたことなんて、うんとうんと大昔のことみたいな気がします。



あなたの突然の訃報が飛び込んできた時、私は、言葉で言い表すことができないぐらいショックだった。

悲しい、とかいうこと以前に、なぜ、一体なぜ、という気持ちがとても強かった。



なぜ、たった50歳の若さで。

なぜ、不慮の事故などという、おそらく本人にとっても不本意な形で。

なぜ、今この時期に。

なぜ。

なぜ。

一体、なぜ?



それを誰かに問いたかった。

いや、誰彼なく問いたかった。

けれども、私はあなたの死について誰かと話し合うことすらできなかった。

あなたの死は、ほかの誰にとっても、単なるちょっと有名な作家の死、でしかないように思えた。



私にとってあなたは特別な人だった。

大切な人だった。

一ファンとして、この上なく敬愛する作家の一人だった。

そのあなたが突然にこの世を去ってしまった時、それなのに、私は、ある理由から、それをきちんと悲しむことができなかった。

そのことを、あとになってどれほど後悔したことだろう。

たぶんそのせいで、あなたが亡くなったことの悲しみや無念さを、私は未だに自分の中でうまく消化しきれずにいる。



あなたがいなくなって、私は悲しいし、さみしい。

あなたに会えないことが、私は悲しいし、悔しい。

それは、あなたが生きていたって、会えはしなかった、よほどのことがなければ。

だけど、会うことも、今ほど不可能じゃなかった。

テレビの画面を通して見るだけだってよかった。

あなたの姿を見、あなたの声を聞き、あなたの手書きの文字を見(あなたの癖のある字が私は大好きだった)、あなたの新しい小説を読むことが、もうできないなんて。

(もっともっと、たくさん書いてほしかったのに。書いてくれるはずだったのに。)

どうして、一体どうしてそんなことになったのでしょう?



私には分からない、目に見えないいろんな理由があるんだろう。

私には分からないし、分かりたくもない。

ただ私は悲しい。

あなたがいなくなったことが、とてもとても悲しい。



──今、実際の気持ちよりも、かなり誇張して書いている。

今さらの感はあるが、本当はそれが自分にとって必要なことだったと思うから。

一度、思いっきり、気の済むまで悲しんでみたかったんだ、あなたの死を。



そして、あなたに言いたい。

こんなにいろんなことやりかけで、こんなにいろんな人にさみしい思いをさせて、一人で先に逝っちゃうなんて、

ほんとに、

ほんとに、



景山民夫のバカヤロー!

景山民夫なんか、景山民夫なんか、大っ嫌いだぁぁぁぁ!!!

……っていうのは大好きの裏返しだってことぐらい、分かってくれ~!

バカヤロー!

バカヤロー!

景山民夫の、大バカヤロー!!!




あなたは私にとって、ずうっと、この世で2番目にかっこいい人でした。

(1番目は誰かって? それは内緒。)

いずれにしても、今はこの世にいないから、この世におけるかっこいい人リストからは外れちゃってますが、悪しからず。



それにしても、あなたが亡くなった時、私は少しホッとしたのです。

何に対してかというと、あなたがお風呂上がりに、少なくともパンツだけは身に着ける習慣があったということに。

よかったわ、素っ裸で死んでるところを発見されないで済んで。

それだけは、本当に、本当によかった!



ところで、あなたがもし生きていたら、その後、どんな小説を書いてほしかったかというと、──個人的には、たとえば、大冒険活劇スピリチュアル恋愛小説、とか。

いっそ、追悼の意味を込めて、自分で書いてみようか……な~んて、ね♪





←人気blogランキングへ

関連記事

負け犬は昔の恋人の新郎姿に何を思う?

そんなわけで、ずっと前に予告したネタを、満を持して(ってわけでもないが、たまたま思い出したので)。



昔の恋人が結婚するという話を聞くと、正直、少しさみしい気もするのは確かである。

しかし、それよりも強いのは、

「ああ、よかった~」

という、安堵の気持ちである。

何よりもかによりも、それが一番強い。



想像するに、場合によっては、

「あんなやつが、私よりも先に幸せになるなんて!」

とか思うようなケースもあるのかもしれない。

でも、幸いにして私の場合はそういうことは今のところない。

むしろ、私のほうがそう思われやしないか心配だったりして(笑)。



ま、それは冗談としても(……ということに一応しておく)、とにかく、昔、自分がそういう形でかかわった人が、その後、ちゃんと幸せになってくれるかどうかというのは、けっこう心配なものである。

もし、私と別れたあと、人間不信になり、女嫌いになり、生涯誰も愛することができなかったりしたら、その責任をどう取れというのか!?

ええい、そんなもん、取れるかい!

いや、しかし、やっぱり責任の一端は負わざるを得まいぞよ!!

などなど、一人で、ああでもない、こうでもないと、悶え苦しんだりして(かなり脚色が入ってますが)。



ちょっと表現を誇張はしたものの、それに類する思いは少なからずあるので、だからこそ、幸せそうな、それも、本当に本当に、実に幸せそうな新郎姿を目にすることができた時、まるで娘を嫁にやる父親のように目頭が熱く……、いや、違った、何だろう、就職して独り立ちした息子を見る母親のような(?)、安心感と喜びがある。

これでようやく、私も荷を下ろせる、というような。



そう、たぶん、相手が私とのかかわりを通して何らか心に傷を負い、それがきっかけでどこまでも不幸な道を進んでいくのであれば、私はずっと罪悪感に苛まれ続けなければならないが、うまいことそれをくぐり抜けて、幸せに辿り着いてくれれば、私も大手を振って生きていける、みたいな気持ち、だろうか。



まあ、客観的に見て、私の側にいつもそんなに罪悪感を感じ続けねばならぬほど落ち度があるとも考えにくいのだがね(自己弁護)。

心情として、やや、昔の恋人に対しては罪悪感を感じがちである。

「そりゃあ、そんだけひどいこと相手にした覚えがあるからだろう!!」

とか言われそうだけど、しかし、何らか罪はあったにせよ、一方的にすごく自分がひどかったとも思いにくい(ということにしておきたいだけである可能性は否定しきれないが!)。



やっぱり性格的な傾向性なのでしょうな。

自分の落ち度で相手をすごく傷つけたんじゃないかと。

そして、相手を幸福にできなかったことで、すごく挫折感があって。

だから、相手が幸福になってくれると、すごく嬉しいのだ。



そんなわけで、Kくん(仮名、つまりイニシャルすらも別に合ってるわけじゃない)、ほんとによかったね!

あなたも私のことを心配していただろうけど、私もあなたのことが心配だったよ。

でも、とっても幸せそうなあなたを見て、本当に安心したんだ。

これからも、お互いにいろいろなことがあって、いいこともあれば、大変なこともあるだろうけど、いつも真っ直ぐに、自分に正直に生きていきたいよね。

あなたがいろんなことに負けないで強く生きてくれてよかった。

あなたが、これから、もっともっと幸せになってくれることを、心から祈っています。

頑張れ~~~!!!



……というようなことは、ブログを通してじゃなく、個人的に勝手に言えよって気もしますが。



それで、人のことを祝福するのは結構だが、自分自身はどうなんだ!!

という話ですが、ま、私もしますよ、結婚は。

今40歳ですから、43歳~45歳ぐらいをめどに、できたらいいんだけどねぇ。

(おおっ、これは一種の結婚宣言なのか、あるいは単なる見果てぬ夢なのか?)

たぶんね~、その頃だったら、相手も子供は別に要らないって言ってくれるだろうし(つぅか、言わざるを得まい)、要は老後の茶飲み友達ってことだね~。

逆に今だと、頑張れば子供も産めかねない(っていうと表現が変だが)年齢ゆえ、微妙なんだよね~。

ま、でも、半分ぐらいしか本気じゃないんですよね。

……逆に言えば、半分は本気なんですが。

うふっ、そんな感じでぇ~す!!

(いや~ん、げろ吐いちゃ♪)





←人気blogランキングへ

関連記事

ライブドア堀江貴文社長へのエール、ただし私なりの。

私は、前にも書いた通り時事的な話題は苦手とする者なので、そんな私があえてライブドアの問題に関してコメントするのもどうかとは思いつつ。

──されど、私なりに感じていることはあるので、少しだけ書いてみたい。



ライブドアという会社が、そして堀江貴文という人が、違法行為を違法行為と知りながら行ったのかどうかについては、まだ明らかになっていない。

しかし、もし行っていたとしても、それは大したことじゃないんじゃないかと実は思っている。



──「おいおい」と思うかもしれませんが、まあ法律なんていうものは必ずしも完全なものじゃないし。

もちろん守るべきものではあり、破ってはならないのは当然なのですが、堀江社長の場合、法律を守ること以上にもっとやるべきことがあったように私は思う、ということを言いたいのだ。



彼を見ているとなぜか連想してしまうのが、ドラマ「白い巨塔」の主人公である財前という医師。

財前が、自らの野望を叶えるためにさまざまな画策を企てる様は、傍から見ると、つまりドラマを見る側からすると、もう少し別のやり方があったんじゃないか、もっと平和裡に物事を推し進める術もあったんじゃないかと、残念に思えた。

財前の生き方は、痛々しくも哀れなものに見えた。

失礼かもしれないが、堀江社長にも、それに似た感慨を抱いてしまうのだ。



彼はとても不器用な人だと思う。

そして、世間の見方とは違い、実は頭のあまりよくない人だと思う。

頭のいい人ならしない数多くのことどもを、彼はすでにやってきた。

その結果がこれだと言っても間違いではないだろう。

仮にどのような違法行為を行ったにせよ、こんなひどい形でそれを糾弾されることになったのは、ひとえに彼の落ち度によるものではないだろうか。



なぜ彼は平気で愚かな言動を繰り返してきたか?

それは、人間というものを、世間というものを、なめていたからだろう。



(決めつけた言い方になっていますが、あくまでも私見です。

悪しからずご了承下さい。)



人間には感情というものがあり、往々にして理屈を超えたところで人は動く。

力だけで人を動かそうとして恨みを買うようなまねは、賢い人であれば決してしないことだ。

私情で動くなどということは、子供っぽいことであるかもしれない。

しかし、多くの人は実際にそういう部分があるのだということ、そういう人たちを動かすには力だけでは足りないことを、彼は知っておかなくてはならなかった。



彼にそれが分からなかったのは、おそらく、これまで挫折と言える挫折をしてこなかったからではないだろうか。

彼の経歴を熟知しているわけではなく、全くの想像でものを言っているにすぎないが、そのように推測される。



しかし、ここでの主眼は、彼に対して追い打ちをかけるように非難の言葉を浴びせることではない。

逆に、彼に投げかけたいのは期待の言葉である。



彼はおそらく優秀な人である。

ほかの人にはない、優れた才能のある人である。

人を惹きつける魅力にも富んでいる。

ただ、少し頭が悪かった。

でも、その頭の悪さは、経験を通して得た学びによって補完されうるものである。

彼は今回の大きな挫折により、何らかの学びを得るはずである。

それを糧として成長することができれば、もう一段の発展が可能であると私は信じる。



懸念すべきは、彼がそれだけの器であるかどうかだ。

もし、今回のことを、自らを省みるよすがとするのではなく、被害者意識に陥ることによって切り捨てようとするならば、彼には未来はない。



せっかく人々の目を惹きつけるだけのキャラクターの持ち主なのだから、どうか頑張ってほしい。

また、おかしな扮装をしてバラエティー番組に出たり、きれいどころと浮名を流したり、立候補しては落選したりして、ワイドショーをにぎわせてほしい。

いっそ、芸人として再起の道を探ってみてはどうか。



そうしたら、分かるんじゃないだろうか。

たとえばレイザーラモンHGという人がなぜ大人気なのか、という秘密が。

彼が、あのいただけない芸風にもかかわらず評判を得ているのは、ひとえに彼の人間性によるものなのだ。

(と、少なくとも私は勝手に思っている。

たぶん合ってるよね?

だって、あの芸風で性格が最悪だったら、一体誰が彼に目を向けるだろうか?)



お笑い芸人と同レベルで語られたら、彼は怒るだろうか。

それで怒るようでは、しかし、逆に見込みはないと思う。



堀江社長の今後に期待をかけるからこその言葉であることを、理解してほしい。

むしろ、芸能界には奇妙な親和性を持つ彼であるからこそ、こんなふざけた言い方のほうが伝わるのではないか、という密かな願いも抱きつつ。





←人気blogランキングへ

関連記事

小林聡美と尾美としのりと言えば、よくも悪くも「転校生」。

小林聡美が主演ということで、ドラマ「神はサイコロを振らない」の第1回を見た。

残念ながら、私にとっては全く面白みのないドラマだったので、次回以降は見ないことに決めた。



……どこがどう面白くなかったかって?

それは説明が難しいのだが、う~ん、何だろうな。

小林聡美自体は、いつもながら大変によい。

彼女自体はとても面白い。

面白いというのは、見ていて充実感があるという意味だ。

しかし、ドラマ全体としては、どうにもいただけませんな。

15分拡大版だったからいけなかったのだろうか、とても長く感じてしまった。

そして、登場人物たちの感情の揺らぎが、こちらにとってはあくまでもどうでもいいことにしか映らなかった。

今後の展開にも興味が持てない。

搭乗客たちそれぞれのドラマも、どうでもいいし、飛行機が数日後にまた十年前に戻ってしまうとしても、戻らないとしても、どっちでもいい。



こんなふうに感じてしまったのは、脚本か、あるいは演出の力不足なのではないか。

原作があるそうだが、おそらく原作自体はもう少し面白いんじゃないかな?



しかし、まあ、ここで書きたいのは、くだんのドラマのよしあしではない。

私が注目したのは、そのドラマに、あの尾美としのりが出ていた!ということ。

小林聡美と尾美としのりといえば、どうしたって思い出すじゃないですか、大林宣彦監督の「転校生」を。



(……だから、ドラマの制作者側の意図として、ある程度以上の年齢層の人たちに、それを思い出させてドラマを見させようという戦略もあるのでしょうけれど、ドラマの作品自体がつまらないので、しょうがないですね。)



尾美としのりも、いい感じの中年俳優になっていて、よかったです。





しかし、「転校生」。

あれは、面白い映画ではありました。

ただ、当時からずうっと感じ続けていることとして、あの作品の中で監督は主演女優に肌をさらさせすぎたと思う。

彼女はまだ若くてこれからの女優さんだったのだから、もう少し配慮してほしかったな。

実際、あの映画はその後しばしばポルノ映画館で上映されていた。

残念なことである。

内容上、ある程度は必要であったかと思われるが、その必要な範囲内であるか必要以上であるかという微妙なラインを、監督は読み誤ったと私は思う。

その罪は重かったと思いますよ。





それにしても、小林聡美と三谷幸喜っていうのは、あまりにも絶妙な取り合わせですよね。

よくぞここまでお似合いな相手を、お互いに選びえたものである。

脱帽すると共に、今後のお二人のますますのご活躍をお祈りしたい。

……今回のドラマは、とりあえず見ませんが。





←人気blogランキングへ

関連記事

映画「スイミング・プール」は必見、かも?

最近、TBCのCMに出ている、飾り気のない清潔な感じの女優さんを、みなさんはどの程度ご存じだろうか。

CMの最後に彼女が言う「TBC」の発音から、英語を母国語としない人であることは察しがつくのではないかと思うが、──たとえば、「8人の女たち」は観たけど「スイミング・プール」は観てない、という人がいたとしたら、その人は、あれがあのリュディヴィーヌ・サニエであることを、一目で認識できるだろうか?



私は基本的にフランス映画はあまり好きではないので──だって、往々にして自己満足の香りふんぷんだから──ほとんど見ないが、フランソワ・オゾン監督の作品は時々観る。

「8人の女たち」では、まだほんの子供でしかなかった彼女が、「スイミング・プール」では、すっかりゴージャスな女優に変身していて、驚いたものである。



驚いたことの一つは、彼女の脱ぎっぷりのよさである。



うっ、こんなにもあっさりと??

よかったのか、それで??



と、一瞬ひるんだが、まあ、せっかく美しいのだから、脱いでくれることには別に異存はない。



そう言えば、遙か昔のことになるが、ジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」では、若かりし日の工藤夕貴が、同じくあっさりと美しく濡れ場を演じていて、あれにも多少驚いたものである。

元アイドル系の女の子だったのだから、もう少し話題になってもよかったと思うのだが、当時、特にそれが取り立てて話題になっているということはなかったから、観てみて驚いたのだった。

その時に彼女の恋人役を演じたのが永瀬正敏で、彼はまだほとんど新人だったんだよね、確か。



……「ミステリー・トレイン」と言えば、私、当時の恋人と、それを観るか観ないかで、けんかになりかけたことが(笑)。

私は観たかったのだが、相手のほうは観たがらなくてねぇ……。

しょうがないので、私は、後日、一人で観たんだけどね。

(なんか、ほのぼのした、ちょっと笑えるいい話、でしょ??

──と思うのは私だけなのか、やっぱり!!)



えっと、どうでもいい話が混ざってしまったぞ。

だからさぁ、「スイミング・プール」ですよ。

あの映画は、ほんとに、最後の最後に、

「ん? んんっ??」

と思わせられたことである。

DVDで観たので、ついつい、その部分、巻き戻して観てしまったが、何度観ても、

「んんんんんっっ???」

なのであった。

いや~、フランス映画って、ほんと、これだから。

……というのは、ここではほめ言葉のつもりである。



(観てない人には「何のこっちゃ」でしょうが、この部分を明かしちゃったら意味がなくなっちゃうので、一応黙っときます。)



ちなみに、「8人の女たち」のほうも、なかなか楽しめる作品であった。

カトリーヌ・ドヌーヴなんて、まだ生きてた!ってだけでびっくりなのに(失礼。まだそれほどの年じゃなかったんですね。でも、「昼顔」とか、すごい古い映画に出てるしさ~。)、ダンスシーンもこなしてましたからね~。



「8人の女たち」「スイミング・プール」、どちらもお薦めできます。

個人的には、どちらかと言えば前者のほうが好きかな、設定としては。

一つの事件を巡って、登場人物たちの思惑が交錯し、それぞれ言い分が違っていて、事態が二転三転し、真相がどこにあるのか、なかなか分からない、という。

芥川龍之介で言えば「藪の中」(あるいは黒沢明監督「羅生門」という言い方でもよいが)、谷崎潤一郎で言えば「卍」、というところだろうか。

だから、古典的な設定ではあると言えるだろう。

(あれ、よく考えれば「スイミング・プール」もそうだっけ。……よく考えなくてもそうだっけ。)



ともかく、リュディヴィーヌ・サニエには、今後とも、期待大である。

(と言いつつ、これは日本人には酷な名前ですよね。

私もネットで調べてコピー&ペーストしてるだけで、このファーストネームは一生覚えられそうにない。

トホホである。)





←人気blogランキングへ

関連記事

Yahoo! JAPAN文学賞の受賞作品を読んで

Yahoo! JAPAN文学賞の受賞作品が決まり、ネット上で公開されている。

Yahoo! JAPAN賞は藤堂絆氏の「アシタ」、選考委員特別賞は「そらと きょう」氏の「キヨコの成分」。



Yahoo! JAPAN賞のほうは、ノミネート作品の中から一般投票で選ばれたようである。

なるほど、と思う。

読んでみて、これは多くの人の共感を得るだろうな、と思った。

というか、私自身がとても共感できる作品だった。

僣越ながら、私には、この作者の気持ちが誰よりもよく分かる、とすら思えた。

おそらく、多くの読者の方々が、それと同様の感想を抱かれたものと想像される。



生きるということは、さまざまな悲しみに満ちている。

だから、少しでも楽に生きるために、周りにたくさんの嘘をつき、自分にもたくさんの嘘をつく。

でも、それも今日限りでおしまい。

明日から、新しく始めるんだ。



そんな悲壮な、健気な決意が胸に迫った。

プチ・カミングアウトさせて頂けば、少し泣きもした。

よい作品だと思う。



選考委員の石田衣良氏の評には「淡い心象風景だけで、まだ小説の形になっていない」と書かれている。

これは、作者に対する期待の言葉と私は受け止めた。

この作者が今後もよい作品を生み出すことを期待していなければ、こういう言い方にはならない。



私自身は、実は、この作者が今後これ以上のものをさらに書いていけるとはそれほど思っていない。

この作品は、芥川賞系統の作品であると思う。

すなわち、自らの魂のえぐれた部分を、やむにやまれず作品化したものであると感じるのだ。

そういう作品の場合、その一作は極めて優れていたとしても、あとがなかなか続きにくいものである。

だから、芥川賞を取ったはいいけど、それっきりになった作家なんて、枚挙にいとまがない。

それ以上書くこともないのに無理して書き続けた場合、下手をすると大江健三郎みたいなことになってしまう。



(おっと、これはまた大きく出たね、ちょいハピ。

一読者の分際で、ノーベル文学賞受賞大作家先生を敵に回すとは!

しかし、まあ、みんな思ってることでしょ?

「みんな」は言い過ぎにしても、「心ある読者なら、みんな」ってところかね。)



ともかく、この作者の場合、今後の作家としての活躍は、あったとしても、まあそこそこってところではないかと思う。

少なくとも、現時点での感触では、だが。



一方、「キヨコの成分」のほうは、かなりの筆力を感じた。

選出した石田衣良氏も「将来性のある人だと思う」と評しているが、同感である。

これだけの筆力があれば、さまざまなテーマを、作品として成立させていくことが可能であると思う。

こちらは、いわば直木賞系統の作品であると感じた。

直木賞の場合は、「はい、まだまだ幾らでも書けますよ。こんなもんじゃない、まだ明かしてない隠し玉、幾つも持ってますから」っていう作家でないと受賞できないように思う。

だからこそ、直木賞作家の場合、その後も、湧き出る泉の如く、面白い作品がどんどん出てくる。



ちなみに、芥川賞作家がみんな一発屋に終わると言っているわけではもちろんない。

ここで例として取り上げるのに適当かどうかは議論の余地がありつつも、たとえば、直木賞作家ではあるが実際には芥川賞系作家であるところの山田詠美、彼女の場合、たった一つのテーマを後生大事に焼き直し続けるというようなこともなく、新しいテーマに果敢に挑み続け、優れた作品を生み出してきたと思う。

ですから、芥川賞系の作家であっても、常に脱皮し、殻を脱ぎ捨てていく努力を続けることができれば、やっていけるんだろうと思う。

まあ、そういったことは、どんな分野においても言えることでありましょうけれど。



これまでのカタチを脱ぎ捨てて、新しい自分を発見していく、そしてそれを表現していくというのは、怖いことです。

でも、その恐怖心に打ち勝って、新たな価値を生み出していってこそ、表現者なのではないでしょうか。




それができないのなら、早く引退してくれたほうが、お互いのためである。

そして、潔く後進の指導にでも当たればよいではないか。



……しかし、「そらと きょう」氏は、本名は非公開でも、顔写真は思いっきり出していますが、大丈夫なんですか?と、思わずよけいな心配をしてしまう明け方でした。





←人気blogランキングへ

関連記事

昔、中島みゆきが「オールナイトニッポン」で、こんなことを。

今日は東京も雪になりました。

少し積もりましたから、東京にしては大雪のほうかもしれません。

みなさま、けがなどなさいませぬよう、どうぞお気をつけくださいませ。



東京に限らず、日本全国、今年はとても寒いし、大雪だし、特に受験生のみなさま、体調にはよくよく気をつけて、実力を発揮されますように、お祈り致します。



試験終了の瞬間に、「やり切った! 後悔はない!」って思えるといいですね。

それはなかなか難しいことかもしれませんが、もしそう思うことができたら、それだけでも勝利ですよね!



高校や大学の受験だけじゃなく、ほかにも、いろんな試験に向けて勉強している方々がいらっしゃることと思います。

みなさまお一人お一人が、しっかり実力を発揮されて、後悔のない結果を手にされることを、心から祈っています。



──だけど、実際のところ、試験というものは、受かることもあれば、落ちることもあります。

もし、実力を出し切れなかったり、いい結果を出せなかったりしたとしても、どうか、そのことで自分をあまりいじめないであげてくださいね。

自分の全てを否定しないであげてくださいね。

仮に結果が出せなかったとしても、自分の努力したこと、成長した部分、前進したところ、たとえそれが他の人と比べたらささやかなものであったとしても、頑張った分については、自分で自分をほめてあげて下さいね。

ほかの誰がほめてくれなくても、自分で、一人でこっそりと、ほめてあげて下さい。





高校生の頃のある夜、私は「オールナイトニッポン」という深夜のラジオ番組を聞いていた。

その番組は、日替わりでいろいろなタレントがパーソナリティーを務めるのだが、その日は歌手の中島みゆきが担当していた。

ほぼ全編にわたって、彼女がリスナーからのおもしろ葉書を読み、曲をかける、という構成だが、最後に1枚だけしんみりした葉書を読み、しんみりした曲で終わる、というのがパターンだった。



その日、最後に読まれた葉書は、こんな内容だった。

「僕は子供が大好きで、どうしても学校の先生になりたい。

だけど、去年は教員採用試験に落ちてしまった。

面接でアガってしまって、言いたいことの半分も言えなかった。

今年こそ、絶対に受かりたい」



若かった私は、たぶん中島みゆきは、私も応援していますから頑張って、みたいな当たり障りのない励ましの言葉をかけるのだろうと、漠然と想像しながら聞いていた。

しかし、彼女のアドバイスは、それとは全くかけ離れていた。

彼女はこんなことを言った。



「もしかしたら、今年も、試験に受からないこともあるかもしれません。

でも、もしそうだったとしても、自分の身近なところにいる一人一人の子供たちに対して、そんな優しい気持ちで接してあげられたらいいですね」



私は、その時、とてもびっくりした。

だから、未だに覚えているのだ、そんな昔のラジオ番組のことを。



そんなの、思いも寄らなかった。

でも、本当にそうだ。

その人は、今年も受からないかもしれない。

だけど、それで必ずしも全て終わりってわけじゃないんだ。

──そういう考え方があることを、初めて教えられた。



中島みゆきという人の心の優しさ、それは、人生の苦い部分も知っているからこそにじみ出てくる優しさなのだろう。





道は一つじゃないんだ。

どんな道からでも、人は幸福になっていくことができるんだ。

そう思います。



「たとえ教員試験に落ちても、身近な一人一人の子供に優しく接する」ような気持ちで、生きられたらいいな。

私もそうありたいし、みなさまも、どうか、そうあって下さいますように。





←人気blogランキングへ

関連記事

バレンタインデー間近。我が上司に贈るべきものとは?

さて、そんなわけで、風邪で瀕死な一週間をどうにか乗り切った(かに見えるが、まだ予断を許さないぞ!!)、ちょいハピです。



ふと気がつけば、世はバレンタインデー間近ですね。

……でもないか?

しかし、まあ、本気で本命ゲットを狙うのであれば、そろそろ気合を入れて戦略を練らねばなりませぬ。

いや、すでに遅いっ!

(「頑張るぞ!」「オーッ!」←先日、我が社で行われた“決起大会”での一コマ……関係なかったですね。)



先日、ある女性誌を見ていたら、「あの人に、こんなプレゼントはいかが?」みたいな記事が載っていました。

その中で、「これだ!!」と思うのがあったのです。

そこで紹介されていた、プレゼントされるべき品物とは、あの懐かしくも最近再び流行っているとの噂もちらほらな、ルービックキューブ。

そこには、こんなキャプションが。



「いつもあなたの頭を悩ませている上司に贈って、今度は逆に彼の頭を悩ませてあげましょう」



これだ、これしかない。

このページのカラーコピーを添付して(!!)ルービックキューブを贈るしかない、我が敬愛する偉大なる上司に!



しかし、彼はきっと喜んでくれることでしょう。

彼は本当に幼子のような純粋な人。

彼を見ていると、ああ、幼子のようでなければ天国に入れないっていうのは、こういうことなのかなぁと、何となく分かる気がする。

彼の前では、天国の門も、これ以上はないほど開いちゃってしょうがないんじゃないかと思ったり。



これから、日本全国のさまざまな職場で、密かにお金が集められ、若い女子が買いに走り、当日は、「日頃の感謝を込めて……」的な形でブツが渡される。

若い頃は、正直言って、めんどくさいし、ばかばかしいとも思っていたけど、今は、そういうのも、あってもいいかなと思えるようになった。



義理だろうが何だろうが、一応1個はもらえるっていうのは、それなりに、何にもないよりはマシだよね、きっと。



……ちなみに、上司にルービックキューブを贈るっていうのは、今のところ本気ではないので、ご安心下さい。

(っていうのは言わないでおいたほうが面白かったでしょうか?)





←人気blogランキングへ

関連記事

しあわせブログ「*CHERISH*(ちぇりっしゅ)」

知り合いから教えてもらったブログで、とても可愛くて、お気に入りのものがあるので、今日はそれを紹介してみます。



タイトルは「*CHERISH*(ちぇりっしゅ)」といいます。

http://cherish3.exblog.jp/



(←ほんとすいません、クリックしただけで辿り着けるようにする方法が未だ分からず。分かったら、その時点でその形に直します!)



大西さくらさんという、美大に通う女の子がやっているものなのですが、ピンクピンクしていて、とても可愛い。



内容も、軽すぎず、重すぎず、いつも、ふわっと優しい気持ちに、そして、前向きな気持ちに、させてくれる。



カテゴリーなんかも、私のブログみたいにそのまんまで何の工夫もないのとは違って、

「天使のメッセージ」

なんていうのもあれば、

「夢をかなえる習慣」

なんていうのもあり、さらには、

「それいけピンクちゃん」

なんていうのもある。



とにかく、とにかく可愛い。



私も本当はこういうブログが書けたらよかったのにな~、という気がしなくもないが、まあ人にはそれぞれ持ち味というものがありますから……。



ちょっと主題を外れますが、私、このブログを始めてみて、つくづく自分の性格の暗さを思い知りました。

どう頑張っても、文章が暗いし、内容は重くなりがち。

笑えるような内容の時でも、どこか軽くなりきれないところがあり。

それは、もう、半ば無意識的にそうなっちゃうわけで。

まさしく「文は人なり」とはこのことだなあと痛感している次第。



だからこそ、このさくらさんのようなブログを見ると、ああ、この人は、本当に純粋に、ひたむきに、真っ直ぐに、穢れを知らず、可愛く、生きているんだなあと、もう、尊いものを崇拝したいような気持ちすら抱いてしまうわけなのです。



彼女が純粋なのは、必ずしも年齢が若いからだけではないと思うのです。

魂自体、心自体が透明だから、だと思う。

だって、自分自身を振り返ると、若い頃も、もっと言えば子供の頃も、そんなに純粋ではなかったと思うから。

……まあ、私のような者と比べること自体恐れ多いのですが。



今、思わず「恐れ多い」と書いてしまいましたが、本当に、私は真っ直ぐで明るくて強いものを見ると、まぶしくてしかたがないのですよ。

やはり私は闇の世界に属する存在なのかな、とか思ったりしてね(笑)。

(……笑ってる場合でもないが。)



あっ、いけない!

またまたいつもの癖が出てしまった。

ついつい必要以上に悪人ぶるという、悪い癖が。

今日のメインテーマは、しかし、そんなことではなく!



で、彼女の通う美大が、私の実家の、割に近くにあって、私の亡き母がそこの図書館で長年パート勤めをしていたことなどもあり、妙な親近感もあったりして。



その美大は、周りの環境がすごくいいのよね。

近くを玉川上水というのが流れていて(あのね、太宰治が入水したのより、ずうっと上流ですから、あんまりそれを連想しないでね)、その両岸が、ちょっと鬱蒼とした感じの木陰になっていて、遊歩道が続いていて。

私もよくそこを散歩したりしましたっけ。



あと、その美大は、今は亡き作家・景山民夫の母校でもあります。

(っていっても、中退みたいですね。慶応大学のほうは──こちらも中退したようですね、今ネットで調べたところ。「慶応のほうはちゃんと出たみたい」って書くつもりで一応確認したら、そっちも中退だったよ。う~む。)

一度、彼と山藤章二さん(彼もその美大を──こちらはきちんと卒業されています!!)とが、その大学構内で対談したことがあって、その時は聞きに行きました。

私は、大学生ぐらいでしたでしょうか。



その時にね、対談が終わったあと、景山さんのほうには、一人の女の子が花束を渡したのですが、山藤さんのほうには花束の贈呈がなかったのですよ。

たぶん、景山さんのファンだったのであろうその女の子が、自分の一存でそうしたために、そうなっちゃったのでしょうね。

山藤さんは何だか苦い顔で会場を去っていって、気の毒でした。

私も、学生ながら、ああ、あんなふうなかたちで、偉い立場の人に恥をかかせちゃいけないんだなと、実例を通して学んだことでした。



何だか話が不必要に広がってしまいました。



とにかく、とっても可愛いブログなので、一度見てみてくださいね。

絶対、心があったかく、元気になりますから。



20~30年前に流行ったCMで「しあわせって何だっけ……」とかいうのがありましたが、その答えがここにあったぞ!と言いたいような。

つまり、しあわせっていう抽象的なものが、目に見える形を取ったら、こんなふうになるんだよ、という、一つの例証のような!

って、また不必要に表現がカタいぞ!!



てなわけで、今日は寝ます。

(私にさくらさんのブログを教えてくれた方、こんな紹介の仕方になっちゃってすみません。これが、俗に言う「恩を仇で返す」ってやつなのだろうか???)





←人気blogランキングへ

関連記事

ドラマ「けものみち」に期待すること

松本清張原作のドラマ「けものみち」第2回を見た。

久々に、ぞくぞくするぐらい楽しい。

実は、初回は見逃してしまったのだが、あらすじは新聞に載っていたので、特に戸惑うことなく入り込めた。

以前、比較的熱心に見ていた「女系家族」と一脈通じるところがある。

つまり、登場人物たちが、エゴと悪意を剥き出しにしてぶつかり合っている様に、妙に引き込まれてしまうのだ。



まず、主演の米倉涼子が、いい。

悪女を演じさせたら右に出るものはない的に、いい。

「女系家族」では、逆に善良な女性(だったと思うんだけど、違うのかな~? 最終回で、もしかしたら全ては彼女の思惑通りだったのかも、と思わせるような含みもあったりしたので、ちょっと自信はないが)の役だったが、やはり彼女には悪役が似合う。



また、私が密かにひいきにしている佐藤浩市も出演している。

彼は、今やすっかり日本全国を食べ歩きしながら一番搾りでプハーッ!というイメージが定着しておりますが、私が彼を評価しているのは(って、なぜか偉そうに上から目線なのですが)、役を演じている時の彼は、彼であって彼でない、というところ。



演じている役をではなく、演じている本人自身を強く意識させてしまう役者も多く存在する。

でも、演じ手として目指すべきは、見ている人に、「ああ、この人は演技がうまいなあ」とか思わせることではないはずですよね。

その辺、佐藤浩市という人は、当たり前のように役になりきっている。

演じている時は、佐藤浩市であって佐藤浩市でない人になっている。

そういうところが、いい役者さんだなと思っています。



ただ、プロの演じ手なら、それはある意味で当たり前のことだとも思うのですが、実際問題、当たり前のことをちゃんとやるっていうのは、意外と難しい事だったりするんですよね。

それは役者に限らず、自分自身を振り返ってみても、いろいろ……ねぇ?

(とか同意を求められても困りますよね……。)



で、「けものみち」ですが、私自身は、少なくとも第2回に関してはとても面白く見たし、次回以降も見てみようとは思っていますが、そう言いながら、みなさまがたには必ずしもお薦めは致しません。

だって、すごく地獄的というか、悪魔的なんだもん。

私自身は、そういうのに惹かれてしまう悪しき傾向性を持ち合わせているがゆえに、それを面白いと思っちゃうんだけど、善良なみなさまがたには、あまり薦められない。

そう言われて逆に見たくなった人、あなたはきっと私と同じ穴のムジナ(?)なので、ぜひご覧下さい。

特に、米倉涼子と平幹二朗が絡むシーンはかなりエグいので、良家の子女のみなさまがたは絶対に見てはいけませんよ!



あと、裏で「白夜行」もやっているので、おそらくそちらのほうが視聴率は高いのでしょうね。

確か「女系家族」の時も、裏で視聴率の高そうなドラマ(「電車男」だったかな?)をやっていたので、「女系家族」を見た人は比較的少なかったのかもしれない。

……私の場合、気がつくと、いつも、ややマイナーなほうへマイナーなほうへと向かっていってしまう。

そういう悲しい星のもとに生まれたってことてでしょうかね、やっぱり。

(「やっぱり」という副詞が、ますますもって悲しいが。)



それで、「けものみち」の今後のストーリー予測ですが、おそらく、米倉涼子および佐藤浩市(の演じている役)が、次第に追い詰められていき、何とか逃げ延びようとあらゆる手段を尽くし、しかし、そうすればするほどますます逃げ場を失い、最終的には、何らかの形で、それも、これ以上はないほどひどい形で、罪の報いを受けることになるのでしょうね。



人の道を外れた悪魔(とも言うべき者たち)が、どのようなひどい報いを受けることになるのか──それをとことん見せつけてほしい。

それが、ドラマ「けものみち」に期待する最大のポイントである。





←人気blogランキングへ

関連記事

検索フォーム

RSSリンクの表示

ちょいハピのオススメ


比較幸福学の基本論点 (OR books)比較幸福学の基本論点 (OR books)
(2014/09/30)
黒川 白雲

商品詳細を見る

知的幸福整理学 (OR books)知的幸福整理学 (OR books)
(2014/09/23)
黒川 白雲

商品詳細を見る

実戦英語仕事学 (OR books)実戦英語仕事学 (OR books)
(2014/08/30)
木村 智重

商品詳細を見る

新しき大学とミッション経営 (OR books)新しき大学とミッション経営 (OR books)
(2014/06/27)
九鬼 一

商品詳細を見る

幸福の科学大学の目指すもの―ザ・フロンティア・スピリット (OR books)幸福の科学大学の目指すもの―ザ・フロンティア・スピリット (OR books)
(2014/06)
九鬼 一

商品詳細を見る

大学教育における信仰の役割 (OR books)大学教育における信仰の役割 (OR books)
(2014/06/30)
九鬼 一

商品詳細を見る

20代で身につけたい仕事で自信を持つための6つの力20代で身につけたい仕事で自信を持つための6つの力
(2014/05/08)
不明

商品詳細を見る

本多静六の努力論―人はなぜ働くのか (新・教養の大陸BOOKS 2)本多静六の努力論―人はなぜ働くのか (新・教養の大陸BOOKS 2)
(2014/02/14)
本多 静六

商品詳細を見る

2020年の日本と世界2020年の日本と世界
(2014/01/30)
山崎 秀夫

商品詳細を見る

幸福実現党、かく戦えり 革命いまだ成らず幸福実現党、かく戦えり 革命いまだ成らず
(2013/11/29)
幸福の科学第五編集局

商品詳細を見る

逆境をはねかえす不屈の生き方逆境をはねかえす不屈の生き方
(2013/11/21)
HSエディターズ・グループ

商品詳細を見る

反日日本人は修学旅行でつくられる反日日本人は修学旅行でつくられる
(2013/09/28)
森 虎雄

商品詳細を見る

加瀬英明のイスラム・ノート―はじめての中東入門加瀬英明のイスラム・ノート―はじめての中東入門
(2013/08/31)
加瀬 英明

商品詳細を見る

尖閣・沖縄が日本の領土である動かぬ証拠 (HRPブックレットシリーズ)尖閣・沖縄が日本の領土である動かぬ証拠 (HRPブックレットシリーズ)
(2013/03/19)
不明

商品詳細を見る

大富豪の条件 (新・教養の大陸BOOKS 1)大富豪の条件 (新・教養の大陸BOOKS 1)
(2013/05/16)
アンドリュー・カーネギー

商品詳細を見る

ストーリーで学ぶ仕事で悩まないための3つの心がけストーリーで学ぶ仕事で悩まないための3つの心がけ
(2013/04)
HSエディターズグループ

商品詳細を見る

神国日本の精神―真の宗教立国をめざして (OR books)神国日本の精神―真の宗教立国をめざして (OR books)
(2013/03)
大川 咲也加

商品詳細を見る

機嫌のいい子に育つママの口ぐせ機嫌のいい子に育つママの口ぐせ
(2013/03/01)
上田 隆

商品詳細を見る

大富豪になる方法 (新・教養の大陸シリーズ)大富豪になる方法 (新・教養の大陸シリーズ)
(2013/02/14)
安田 善次郎

商品詳細を見る

対日戦争を仕掛ける男 習近平の野望対日戦争を仕掛ける男 習近平の野望
(2012/12)
相馬 勝

商品詳細を見る

日本の国益―野蛮・中国に勝つための10の論点日本の国益―野蛮・中国に勝つための10の論点
(2012/12)
潮 匡人、河添 恵子 他

商品詳細を見る

革命いまだ成功せず―孫文伝革命いまだ成功せず―孫文伝
(2012/12/07)
黒須 義宏、チームIJINDEN 他

商品詳細を見る

実践・私の中国分析―「毛沢東」と「核」で読み解く国家戦略実践・私の中国分析―「毛沢東」と「核」で読み解く国家戦略
(2012/12)
平松 茂雄

商品詳細を見る

世界経済の覇権史―辺境ゆえに日本の世紀がやってくる世界経済の覇権史―辺境ゆえに日本の世紀がやってくる
(2012/12)
増田 悦佐

商品詳細を見る

映画「神秘の法」完全ガイド (OR books)映画「神秘の法」完全ガイド (OR books)
(2012/10)
「神秘の法」シナリオプロジェクト

商品詳細を見る

映画「神秘の法」が明かす近未来シナリオ―公式ガイドブック〈1〉 (OR books)映画「神秘の法」が明かす近未来シナリオ―公式ガイドブック〈1〉 (OR books)
(2012/08/29)
不明

商品詳細を見る

幸福感の強い人、弱い人―最新ポジティブ心理学の信念の科学幸福感の強い人、弱い人―最新ポジティブ心理学の信念の科学
(2012/07/26)
千田 要一

商品詳細を見る

中国――崩壊と暴走、3つのシナリオ中国――崩壊と暴走、3つのシナリオ
(2012/05/29)
石平(せき へい)

商品詳細を見る

放射能・原発、これだけ知れば怖くない!放射能・原発、これだけ知れば怖くない!
(2012/05/29)
高田 純

商品詳細を見る

なぜ、その商品がほしくなるのかなぜ、その商品がほしくなるのか
(2012/05/29)
平林 千春(ひらばやし ちはる)

商品詳細を見る

映画ファイナル・ジャッジメントの秘密に迫る―企画から製作秘話まで (OR books)映画ファイナル・ジャッジメントの秘密に迫る―企画から製作秘話まで (OR books)
(2012/04)
大川 宏洋

商品詳細を見る

雨宮経理課長の憂鬱雨宮経理課長の憂鬱
(2012/02)
麦生 郁

商品詳細を見る

日本政治の常識破壊日本政治の常識破壊
(2012/05/18)
ついき 秀学

商品詳細を見る

迫りくる!中国の侵略から沖縄を守れ! (HRPブックレットシリーズ VOL. 3)迫りくる!中国の侵略から沖縄を守れ! (HRPブックレットシリーズ VOL. 3)
(2012/05/12)
幸福実現党出版局

商品詳細を見る

増税亡国論 (HRPブックレットシリーズ)増税亡国論 (HRPブックレットシリーズ)
(2012/03/09)
不明

商品詳細を見る

しっかりわかる!幕末・維新(別冊ザ・リバティ)しっかりわかる!幕末・維新(別冊ザ・リバティ)
(2011/12/02)
不明

商品詳細を見る

ざっくりわかる!三国志 超入門(別冊ザ・リバティ)ざっくりわかる!三国志 超入門(別冊ザ・リバティ)
(2011/11/21)
不明

商品詳細を見る

偉人たちの告白偉人たちの告白
(2011/11/17)
HSエディターズ・グループ

商品詳細を見る

伝道師―仏教、キリスト教はいかにして世界宗教になったか伝道師―仏教、キリスト教はいかにして世界宗教になったか
(2011/11/17)
HSエディターズ・グループ

商品詳細を見る

これが真実(ホント)の放射能の話―「風評」にまどわされないで! (HRPブックレットシリーズ)これが真実(ホント)の放射能の話―「風評」にまどわされないで! (HRPブックレットシリーズ)
(2011/11/10)
放射能問題研究会

商品詳細を見る

別冊ザ・リバティ 2011年 10月号 [雑誌]別冊ザ・リバティ 2011年 10月号 [雑誌]
(2011/09/06)
不明

商品詳細を見る

日本経済再建宣言―幸福実現党の「新・所得倍増計画」でGDP世界一を目指せ!日本経済再建宣言―幸福実現党の「新・所得倍増計画」でGDP世界一を目指せ!
(2011/07/11)
ついき 秀学、中野 雄太 他

商品詳細を見る

狙われたシリウス狙われたシリウス
(2011/06)
山田 典宗

商品詳細を見る

元気出せ!ニッポン〈第1集〉日本を復興させる12人元気出せ!ニッポン〈第1集〉日本を復興させる12人
(2011/05)
「元気出せ!ニッポン」制作部

商品詳細を見る

P0244.jpgあなたの願いがかなうハッピー開運BOOK (Odein Mook 88)
(2011/05/25)
不明

商品詳細を見る

マンガ本当にあった宇宙人のヒミツマンガ本当にあった宇宙人のヒミツ
(2011/04/21)
不明

商品詳細を見る

あなたにも起きる奇跡のヒミツ (Odein Mook 83)あなたにも起きる奇跡のヒミツ (Odein Mook 83)
(2011/03/24)
不明

商品詳細を見る

マンガ30分でわかるあの世のヒミツ (Odein Mook 84)マンガ30分でわかるあの世のヒミツ (Odein Mook 84)
(2011/03/02)
不明

商品詳細を見る

高貴なる義務を果たせ―幸福の科学学園の未来創造教育高貴なる義務を果たせ―幸福の科学学園の未来創造教育
(2011/03/01)
幸福の科学学園

商品詳細を見る

ニュー・フロンティア戦略―「宇宙」と「海洋」を拓けば日本は甦るニュー・フロンティア戦略―「宇宙」と「海洋」を拓けば日本は甦る
(2011/01)
杉山 徹宗

商品詳細を見る

ワールドゲイナートレーディングカードゲームワールドゲイナートレーディングカードゲーム
(2010/12)
不明

商品詳細を見る

日本人だけが知らない宇宙人とUFOの秘密 (Odein Mook 82)日本人だけが知らない宇宙人とUFOの秘密 (Odein Mook 82)
(2010/12/02)
不明

商品詳細を見る

史上最強の都市国家ニッポン 逆・日本列島改造論史上最強の都市国家ニッポン 逆・日本列島改造論
(2010/12/01)
増田 悦佐、三橋 貴明 他

商品詳細を見る

未来はこうなる!―日本発ビッグプロジェクト未来はこうなる!―日本発ビッグプロジェクト
(2010/11/10)
山本 俊政

商品詳細を見る

がんの幸せな受け入れ方がんの幸せな受け入れ方
(2010/09/03)
朝日 俊彦

商品詳細を見る

クリエイティブパワークリエイティブパワー
(2010/06/07)
ドクター 中松

商品詳細を見る

国難に備えよ―日本の安全保障を問う!国難に備えよ―日本の安全保障を問う!
(2010/05/27)
矢内 筆勝饗庭 直道

商品詳細を見る

政治のしくみ超・入門政治のしくみ超・入門
(2010/04)
幸福実現党日本の未来について本気で考える

商品詳細を見る

君がそばにいても僕は君が恋しい君がそばにいても僕は君が恋しい
(2006/10)
リュ シファ

商品詳細を見る

スナフキンの午睡スナフキンの午睡
(2009/12)
麦生 郁

商品詳細を見る

フレンドリー・スノー―心に舞い降りた雪の物語フレンドリー・スノー―心に舞い降りた雪の物語
(2008/11/27)
M・スコット・ペック

商品詳細を見る

ちいさな木ちいさな木
(2006/10/28)
Towaシミズ ヒロ

商品詳細を見る

LINK(リンク) ―きずなLINK(リンク) ―きずな
(2006/11/17)
平田 芳久

商品詳細を見る

ボディ・ジャックボディ・ジャック
(2006/05)
光岡 史朗

商品詳細を見る

時のエリュシオン時のエリュシオン
(1997/03)
景山 民夫

商品詳細を見る

最善主義が道を拓く最善主義が道を拓く
(2009/11/18)
タル・ヘ゛ン・シャハー

商品詳細を見る

HAPPIER―幸福も成功も手にするシークレット・メソッド ハーバード大学人気No.1講義HAPPIER―幸福も成功も手にするシークレット・メソッド ハーバード大学人気No.1講義
(2007/12)
Tal Ben‐Shahar、

商品詳細を見る

いじめ栄えて国亡ぶ―教育再生の鍵はゼロトレランスにありいじめ栄えて国亡ぶ―教育再生の鍵はゼロトレランスにあり
(2009/12/08)
加藤 十八

商品詳細を見る

エマソンの「偉人伝」―天才たちの感化力で、人生が輝く。 (教養の大陸BOOKS)エマソンの「偉人伝」―天才たちの感化力で、人生が輝く。 (教養の大陸BOOKS)
(2009/10)
R.W.エマソン

商品詳細を見る

代表的日本人―日本の品格を高めた人たち (教養の大陸BOOKS)代表的日本人―日本の品格を高めた人たち (教養の大陸BOOKS)
(2009/10)
内村 鑑三

商品詳細を見る

自助論 西国立志編 上―努力は必ず報われる (教養の大陸BOOKS)自助論 西国立志編 上―努力は必ず報われる (教養の大陸BOOKS)
(2009/10/05)
サミュエル・スマイルズ/中村 正直

商品詳細を見る

自助論 西国立志編 下―努力は必ず報われる (教養の大陸BOOKS)自助論 西国立志編 下―努力は必ず報われる (教養の大陸BOOKS)
(2009/10/05)
サミュエル・スマイルズ/中村 正直

商品詳細を見る

学問のすすめ 他一篇―真の独立人になるために (教養の大陸BOOKS)学問のすすめ 他一篇―真の独立人になるために (教養の大陸BOOKS)
(2009/10)
福沢 諭吉

商品詳細を見る

「ありがとう」と言えてよかった。―介護と看取りの心を見つめて「ありがとう」と言えてよかった。―介護と看取りの心を見つめて
(2008/02)
荻田 千榮

商品詳細を見る

あなたがいてくれてよかった。―愛する人を看取るときあなたがいてくれてよかった。―愛する人を看取るとき
(2006/06)
荻田 千榮

商品詳細を見る

あなたの心を守りたい ―女性医師が現場でつかんだ心の危機管理術あなたの心を守りたい ―女性医師が現場でつかんだ心の危機管理術
(2006/10/28)
舘 有紀

商品詳細を見る

でも、生きていく。―「自殺」から立ち直った人たちでも、生きていく。―「自殺」から立ち直った人たち
(2006/05)
「ザリバティ」編集部

商品詳細を見る

未来を創るエジソン発想法未来を創るエジソン発想法
(2009/05/19)
浜田 和幸

商品詳細を見る

シークレットアドバイス-世界トップの企業家&CEOが明かした「私の働き方」シークレットアドバイス-世界トップの企業家&CEOが明かした「私の働き方」
(2008/09/03)
「フォーチュン」編集部

商品詳細を見る

伝説の再建人――倒産か再建か―瀕死の企業に挑むCEO のリーダーシップ伝説の再建人――倒産か再建か―瀕死の企業に挑むCEO のリーダーシップ
(2008/12/08)
スティーブ・ミラー

商品詳細を見る

荘子の心―自由に生きるヒント荘子の心―自由に生きるヒント
(2008/06/06)
于 丹

商品詳細を見る

ブログランキング

人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

FC2Blog Ranking

リンク

最新記事

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ご挨拶

※このブログは、2005年12月からhttp://choi-happy.jugem.jp/にて書いてきたものを、2009年4月初旬にこちらへ移植したものです。そのため、以前の記事は行間が広すぎるなど、見苦しい点もありますが、何とぞご了承ください。

最新コメント

最新トラックバック

カテゴリ

月別アーカイブ

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2ブックマーク

FC2カウンター

プロフィール

ちょいハピ

Author:ちょいハピ
【2010年12月30日更新】

久々にプロフィールを更新してみます。

ツイッターを始めてから、すっかり「自動まとめ記事」ばかりが中心になってしまいつつあるこのブログ。
それでも、本や映画の感想などをきちんと書きたい時などにはどうしても不可欠の、私にとって大切な場でもあります。

以下、簡単に自己紹介というか自らの特徴を述べてみます。

まず、人生最大の娯楽は「書店で本を眺める」ことと「映画館で映画を観る」こと。
また、連ドラフリークでもあります。

嵐ファン歴は、約6年半。
(つまり、こんなにブレイクする何年も前からファンだったのだ!ということをここで強調したいわけだったりして)

趣味は散歩、そして不審な挙動(汗)。

そのほか、語学も好きで、特に文字が大好き。
文字に対する愛情というか愛着というか偏愛?は、我ながらかなり強い。

とりあえずはこんな感じです。
ぼちぼちお付き合いいただけましたらたいへん幸いです。


【以下、旧バージョン(1)】

2008年12月18日現在、少し古くなっていたこのプロフィールを、久々に書き直してみます。

このブログを始めたのは、40歳になって間もないころでした。
人生80年時代とはいいつつ、40歳を過ぎると、いろいろな病気などで、けっこう突然な感じで亡くなる方も、少なくありません。
ですから、自分も40代に入った時、「これで少し落ち着けるかな」という安堵の気持ちと同時に、「いつ死んでも悔いのないようにしておこう」という覚悟みたいなものも持ちました。
そこで、「いつ死ぬか分からない中、たとえば今、急に死んだとして、何か自分に言い残したことはないだろうか?」と考えた時に、それを自分なりに探りながら書いてみたい、という思いが湧き、そんな動機から、このブログを始めてみたのです。

最初の記事の日付が2005年12月5日ですから、いつの間にか、もう3年も経っています。
相変わらず、大した内容は書けていないし、この3年でそんなに成長したという実感も、あまりないというのが正直なところ。
しかし、これはこれなりに、何らか意味のあるものでありたいし、そのために、何を書いていくべきなのか、日々、模索し続けています。
不惑を越えながらも、いまだ発展途上──。
このブログには、たぶんそんな私の等身大の姿が、浮き彫りにされているのかもしれません(と、ひとまず言い方だけはかっこよくキメてみましたが、その浮き彫りにされた等身大の姿が全然かっこよくないところが悲喜こもごも)。

ブログタイトルは、文字通り、「小さなことの中に喜びを見いだしていこう。与えられていないものに対して不満を抱くことよりも、与えられているものに対して感謝を抱いて生きていこう」といった意味合いが込められています。
実際に、そういった内容になっているかは何とも言いかねますが、少なくとも当初の志としては、書いている自分も、読んでくれた人も、少しだけ、よりハッピーになれたらいいな、という願いが根本にあります。

これからも、引き続きご愛読いただき、「ちょっぴりハッピー」な気持ちになっていただけたら幸いです。


【以下、旧バージョン(2)】
人生80年と言われる時代ですが、私も、一応80歳を目標にしています。
42歳の今、残り半分を切り、これからの後半生を、一日一日、大切に生きたいと願っています。
人生において、いちばん大切なことは何なのか。
その実現のために、今、そしてこれから、何をしなくてはならないのか。
それを模索しながら、少しずつでもいいから前進し続けたいと思います。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。